海色キャンパスさんぷる | ナノ
 八月上旬、夏休みも始まり学生達が羽目を外して遊ぶ中、美術室では朝から部員が汗を流していた。

 校舎を囲むように生えた木々からは数十匹の蝉の声が鳴り響く。夏休み中は何故かエアコンが付かない為に開け放たれた窓。そこからは本来取り込みたい涼しげな風ではなく、蝉の声と太陽の陽射しを直に注ぎ込んでいるだけだった。

 水分を大量に持ってきていても耐えがたい状況に、比較的に真面目な性格が多い部員たちも一人、一人と部活に来なくなっていた。

 そんな中、お世辞にも品性高潔とは云えない男鹿辰巳は、目の前の机に置いた林檎をキャンバス越しに睨み付けていた。額に汗が伝う。拭うこともせずにパステルを動かす。普段の授業ならば、五分と足らずに睡魔の世界に引きずりこまれている男鹿が部活には必ず参加するには理由がある。

 ある意味芸術的な作品を淡々と描きながら、男鹿はまだ来ぬ先輩を待っていた。そう、男鹿の美術部に入っている目的は、その先輩なのだ。

 出会いは丁度五ヶ月前。部活見学で偶々覗いた美術室でデッサンのモデルをしていた先輩に惹かれ、男鹿は興味もない美術の世界に足を踏み入れた。白い肌に整った綺麗な顔、銀色の髪はストレートで、筋肉の余り付いていない薄い身体。容姿全てが美しく、まるで絵画から抜け出したような彼のモデル姿は、男女誰しもが見惚れ夢中になった。

 しかし、正体は口を開けば駄目だし駄目だしのスパルタ振りで、古市目的で入った一年生たちは次々と止めみるみる数を減らし、最終的には男鹿と数人の純粋に芸術に興味のある生徒しか残らなかった。

 男鹿は、彼の綺麗な容姿も美術に厳しい性格も全てに好意を持っていた。……ちょっと、面倒臭いが。

 そんなこんなで今日も彼を待っているのに中々来ない。

 こんなことは今までなかった。誰よりも早く部活に来て、誰よりも遅く家に帰る。それが彼の日常だったのに。部員全員がまさか今日は部活がなかったのではないか、と不安になりかけたとき。

 不意に廊下に続くドアが勢いよく開かれ、外から銀髪に汗を散らせながら待ち望んだ人が飛び込んできた。

「………おせぇぞ、古市」

「悪い…って、男鹿!古市先輩だって何度云えば分かるんだよ」

 部室に入るなり、男鹿を容赦なく叩く。いくら年上でも男鹿にこんな態度を取れる人は中々いない。それを平然とやってのけるのが、彼、古市貴之なのだ。

 古市は、息を切らしたままに部員全員に声かけると、モデルをしているときとはまた違う、年相応の無邪気な笑顔を
放って口を開いた。


「えー、突然だけど、合宿するぞ」

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