アメノアガルネサンプル | ナノ

 【サンプル】*本編は縦書きとなります。



「急須……急須はどこにしまってあるのかしら」
普段は家政婦さんが用意してくれるお茶だけれど、円が家に来たときにはいつも私が入れるようにしていた。
この間外研先でもらった紅茶にしようか、最近気に入っているコーヒーにしようか。キッチンで数分迷った末、お母様が美味しいと言っていた煎茶に決めた。
(先週頂いた美味しい最中が、確かまだ残ってたはず……)
あのHANABUSAのスイーツで舌が肥えている円だ、お茶菓子選びには毎回困ってしまう。
お湯の温度に気を付けて、最中を引き立てるお皿にも気を配って。お茶を零さないよう注意しながら自室へ向かった。
「待たせてごめんなさい、緑茶で良かった?」
座っていればいいのに手持無沙汰だったのか、円は本棚の前に立っている。
ありがとうございます、と私の手からお盆を受け取る、その自然な仕草が彼の育ちの良さを表していた。
(……なんだかドキドキする)
 背の高いせいか、彼がこの部屋にいるとやけに狭く感じる。
円と恋人になってもう十年以上経つけれど、私の部屋で二人きりになる機会はあまりなかった。
なんだか新鮮だな、とついにやけそうになる頬を抑えて最中をかじる。
「外研先はどうですか? 先月からでしたよね」
「ラボの人たちは皆親切に接してくれるわ。先生はちょっとだけ気難しい人だけれど、なんとか上手くやっていけそうよ」
そうですか、とお茶を一口すすった円が、私の姿をしげしげと眺める。珍しく少し短いスカートをはいていたので、座って上がった裾が気になってしまう。
両親は外出している。部屋には私と円のふたりだけ。
執拗に注がれるその視線の意味を深読みして、一気に体温が上がった。
「撫子さん……」
す、と距離を縮めた円。
久々に二人きりでゆっくり会うのだし、そういうことを期待していなかったと言えば嘘になるけれど。
「ま、待って円、まだ明るいし―…」
「また少し痩せましたね」
「お手伝いさんだって……へ?」


***


れて。あっという間に思考を奪われてしまう。
「ぁ、ん……まどか……」
「洗濯物は後でぼくが干しておきますので、……あなたはこのまま大人しくしててください」
唇の上でそう告げる円の声は、悔しいくらいに色っぽい。
目の回るようなキスに翻弄された私に、断ることなんてとてもできそうになかった。
「ん…、撫子さん、もっと舌出るでしょ?」
「ン…や、ぁ……」
 洗面台に押し付けられる火照った体が、冷たい陶器に当たって気持ちがいい。
「……久しぶりに一緒に入りましょうか、お風呂」
「うっ……」
どうせ【嫌だ】なんて選択肢は無いくせに。
その証拠に私の返事なんて聞かないまま、円は後ろ手にワンピースのファスナーを下ろしている。
(帰ってすぐにお風呂には入ったんだけど……)
でも今はこのまま円と一緒にいたい。
そう思って彼の首に手を回したその時、洗面所に携帯のバイブレーションが響いた。
「……」
「……」
二人で音のする方に目をやれば、それは円の鞄の中から鳴り続けているようで。
暫く無言でいた彼が、心底深い溜め息を吐いた。
「……はい、英です」
乱暴に鞄を探って電話に出た円。きっと仕事の電話だろう。
分かってはいても、離れてしまった体温を寂しく思ってしまう。
「いえ、色指定後のファイルなはずですけど……それ日付いつになってます?」
長くなるだろうか、変に急かさないように私は席を外した方がいいだろうか。
そんなことを考えて迷っていると、彼がちらりと私に視線をやった。
「もう電車無いんで、すみませんがタクシー使ってください。駅前に二十四時間のファミレスがあるので、そこで。あ、領収書貰ってくださいね、では」
(え……?)
電話を切った円を凝視してしまう。
今から外へ出るのだろうか、もう日付を越えているのに。
「すみません、渡したはずの書類が間違っていたみたいなんです。渡しがてら打ち合わせしてくるので、玄関のチェーンだけ外しといてもらえますか?」


***


「こんにちは、撫子。お邪魔してます」
にこっと可愛らしい笑顔を見せた彼に、頭がフル回転する。
お願いした特別講師の件で何か問題があっただろうか、メールを見逃してしまっていただろうか。もし不手際があったとしたらどうしよう。
どっと冷や汗が噴き出してしまった私を余所に、鷹斗と先生が楽しそうに笑う。
「今度、海棠君と共同研究することになってね。今日はその第一回目の打ち合わせなんだよ」
「共同研究……ですか」
「今撫子が培養してる細胞株を、モデル化して商品にできないかって考えてるんだ。ちょっと前から先生の研究に興味あったって言ったでしょ? いいタイミングで講師を頼まれたことだし、思い切って口説いちゃったんだ」
こちらこそ魅力的なお誘いでしたよ、と普段仏頂面の多い先生が満面の笑みを見せている。
「これから暫くお世話になると思うから、よろしくね」
「え、ええ……」
呆気に取られてしまった私は、返事をするだけで精一杯で。
インキュベートの時間が終了した、と告げるタイマーの音に弾かれるように居室を後にした。
培養中のシャーレを恒温器から出して、これからまた忙しくなるなぁ、と苦笑する。
けれど、やはり新しい何かが始まるワクワク感はあって。
顕微鏡室へ向かう足は無意識に弾んでいた。




「撫子、今話しかけても大丈夫?」
シャーレの写真をパソコンに取り込んでいると、先生との話を終えたのか、鷹斗が控えめに声をかけてきた。
「ええ、大丈夫よ。今日はもう終わり?」
「うん、また近いうちにデータまとめて来るよ。この研究室の培養法ってかなり精度が高いよね、ちょっとびっくりした。俺って昔から実験結果にムラが出やすいから見習わないと……」
「ふふ、楽しそうね。でもあんまり無茶したら駄目よ?」
「あー…、はい、努力します」
興味のあるものには、周りが見えなくなってしまう程集中してしまう彼が懐かしい。
こんなやりとりに温かさを覚えるのは鷹斗も一緒なのだろう、私を見る緋色の瞳が柔らかかった。
「ねえ、久々に円の顔も見たいんだけど、今度二人が家にいる時御挨拶に伺ってもいいかな?」

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