Remainサンプル | ナノ

 【サンプル】*本編は縦書きとなります。


ファイルにまとめられた天候のデータをパソコンに入力する私の横で、円も央に渡された資料に目を通している。央が外出しているため今日は隠れ家で二人大人しく留守番をしていた。

央が偵察に出ている時は、いつも決まって円は私の傍にいる。それは円が外に出ている時も一緒で、二人が私を一人にすることはほとんどなかった。ちょっとだけ過保護な気もするけれど、いざという時に私だけでは対応できないこともあるので仕方ない。
今までに入力したデータを遡って、その膨大な記録に時の流れの早さを感じる。
私がこの世界に残ることを、円の傍で生きていくことを決めてからもう今年で四年が過ぎようとしていた。
央率いる中立団体であるこの組織は、少しずつだけれどその規模を大きくしつつある。表立って反政府を掲げるわけではなく、ただ自由に生きてゆける世界を取り戻したいというのが彼の変わらないスタンスで。それに賛同する人々が集まってできたこの組織。
主な活動としては二つ。土地や生活環境の調査と改善、そして政府と市民の情報を収集すること。

生き難くなってしまったこの世界で、できる限り円滑に生活ができるように皆の手助けがしたい。それが私たちの目標であり目的だった。
円達が外部の情報収集をする中で、私は市民の生活水準についての調査を任されている。政府の監視下ならば不自由しない衣食住も、私達のように隠れて生活をする人々にとっては死活問題だった。
暮らす場所はまだいい。政府の目の届かない場所はまだたくさんある為、例外はあるが転々としながらもわりと長期滞在できることの方が多い。
しかし食べるものはかなり限られていて、この痩せた土地では栽培できる植物も少ないのが現状だ。私は目下その改善のために時間を費やしている。 

「もう少し天候が安定してくれればいいのだけれど……」
二十日大根の栽培記録に目を落としながら呟くと、隣に座っていた円が私の手元をひょい、と覗き込む。
「最近は不安定な天気が続きますからね。まあ以前はほとんど降らなかった雨が降るようになったということは、この世界の天候も安定に向かっているのだと考えられますが」
「そうね、確かに陽が射す時間も少しずつ増えているし……」
本当に少しずつだけれど。

私がこの世界に来た頃は常に気温は二十度前後で肌寒く、太陽が出るなんて稀だったし雨も滅多に降ることがなかった。
しかし近頃は嵐のような大雨も降る時があるくらいだ。きっとこの世界の気候は修復されつつあるのだろう。

そんなことを考えながらここ数週間の天気の記録を眺めていれば、ふと感じた視線。何気なく顔を上げると、予想外に近い位置で円と目が合い思わず息が止まった。
「な、何よ……」
「よく考えてみたらこんな昼間にあなたと二人きりっていう状況も珍しいなーと思いまして」
間近でそう言う彼の表情は何度も見たことがある。私をからかっている時の楽しそう且つ意地の悪い顔だ。
「今私、もの凄く真面目に仕事をしているのだけれど……、ていうか近い!」
「もうすぐ央も帰ってきてしまうでしょうし、ちょっと休憩にしませんか?」
「話しの流れが全く理解できないわ。ちょっ、当たり前みたいに腰を抱くのやめてくれない?」
円とのこんな攻防戦は日常茶飯事で、彼のスイッチが一体どこで入るのか毎回読めないから困ってしまう。別に嫌なわけじゃないけれど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「まっ、まど……っ、ん…………」
そしてこういう時の彼のキスは本当にずるいと思う。私を抱き寄せる腕は痛いくらいに強引なのに、触れる唇は対照的に驚く程優しいから力が入らなくなってしまうのだ。
いつも我慢できなくなるのは私の方。毛並みのいい上着を握る手にぎゅっと力が籠もって、それは無意識に彼を求めてしまっている証拠で。

そんな私の心情の変化に、重なった唇の上で円が緩く口角を上げる。
なんて憎たらしいのだろう、そう頭の端で思ったって結局勝てっこないからそのまま流されてしまう。
「…ん……は、ぁ……」
「ん……撫子さん、もっと口、開くでしょう?」
ちゅ、ちゅ、と不規則に響く水音。上がっていく呼吸。
こんな真昼間からするには濃厚すぎるキスに抵抗があるのは確かなのに、もうそんなことすら気にならないくらい彼の唇に翻弄されていた。円に抱き寄せられた腰が痺れて、ぞくぞくと快感が背中を走っていく。
ああこのままじゃいけない、そう思った時だった。



◆◆◆


その夜、ぼくは久しぶりにあの鳥籠に囚われていた頃の夢を見た。
キングがぼくに無理難題を提案し、ルークはただそれを楽しそうに傍観する。そんな日常が延々と続いていた日々。

『円…俺はね、彼女がいない世界なんていらないんだ』
 少しも迷いを見せること無く無垢に笑って言った。未来にも過去にも縛られず、自分の望みを叶える為だけに全てを壊したこの世界の王様。

ぼくを鳥籠に柔らかく縛りつけた彼を必死に憎もうとしていたあの頃、心を殺すことに慣れて感情は麻痺していた。誰にも理解されることの無い孤独な彼を憐れに思う気持ちをひたすらに否定し、目を逸らし、耳を塞ぐ。そうすることで自分自身を保ちながら感情の無い駒として生きていた、生温くて息苦しい鳥籠の中の夢。

眠りに落ちていたのはどれくらいだったのだろう、気が遠くなる程長い気もしたし、ほんの数分だったようにも思える。
徐々にクリアになっていく意識の中、記憶に残像のようにこびりついた夢の内容に笑った。否、笑うことしかできなかった。




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