朝起きた時、喉がチクリした痛みを主張した。
少し嫌な予感がしたけれど、私はそれを無視して出かける準備を始める。
先月の休みに衝動買いしたワンピースに袖を通すと、シフォン生地がさらりと肌に心地良い。
黒くて長いだけの地味な髪の毛を飾る淡いオレンジのリボン。
今日は彼と久しぶりのデートだった。
ずっと前から見たいと思っていた映画のチケットを内緒で買っていてくれた彼は、
研修でなかなか時間が取れない私の休日に合わせて、わざわざ有休まで取ってくれた。
彼の気遣いは何もかもが嬉しくて、その気持ちを無駄にしたくなかったし、
何よりも私が彼に逢いたかった。
だから、ちょっとくらいの頭痛も寒気も、私は無視することにしたのだった。
屋内デートだし今日一日くらい大丈夫、そう思って浮かれる気持ちを抑えることもせずに家を出た。
しかし映画館を出る頃には、朝よりもずっと体調が悪くなっていた。
館内が乾燥していたせいか喉の痛みが増して、背筋にはゾクゾクとした寒気も走る。
映画館を出て、カフェでお茶を飲みながら先程の映画について語り合う楽しくて穏やかな時間。
それなのに彼の話す映画の感想にうまく応えることができない。
あんなに楽しみにしていたというのに、内容が全然頭に入っていなかった。
少しだけ訝しげな眼を向けられたけれど、何とかその場を取り繕う。
あと半日、せっかくの彼とのデートを台無しにだけはしたくなかった。
温かい紅茶をすすり、ほぅっと息を吐く。
ふと視線を上げると何だか神妙な顔をした彼と目が合った。
「な、なあに?」
「………………。」
私の問いに答えない彼。
じっと見られる恥ずかしさに少し居心地が悪くなってきた頃、
ふいにこちらへ伸びてきた手が私の頬を包むように触れる。
触れた途端、彼の眉間にぐっと深く皺が寄った。
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