「撫子さん、少しは寝ないと体が回復しません。」
「……ええ。」
「ちゃんと出された食事はとっていますか?」
「…………。」
窓の外ばかり見ている私を、円は困ったような不安そうな顔で窺う。
心配をかけているのは分かってる。
本当は眠いわ。お腹も空いているの。
けれど、お腹が満たされて寝てしまうと、次の朝にはもっと忘れてしまう気がして。
ちくり、と痛む胸の意味も分からなくて。
窓の外に見える景色に違和感を覚える理由も見出せなくて。
もう、何を覚えていたいのかすら、忘れてしまったけれど。
眠りたくないのに、瞼はどんどん重たくなって。
眠ってください、と円の優しい指が私の頭をぎこちなく撫でる。
切なくて心地よい感触に身を任せて、私は握りしめた拳をそっと開いた。
円に気付かれないように布団に隠れて眺めるのは、ビーズのブレスレット。
どうして、いつのまに。
何も分からないのに、ただ酷く大切なものだという事だけは確かに感じて。
花を形どったモチーフのビーズは淡い紅色で、私はその色に桜の花を思い出した。
(変なの…。桜ってこんなに濃い色していないのに……。)
落ちていく意識の中に見えた、はらはらと散る薄紅色の花弁。
悲しげな笑顔。
緩やかに髪を梳く長い指先。
軋んだ胸の音は、眠りの闇へとふわり溶けた。