ポーン、という高い音が響き、エレベーターの扉が開く。
途端ふわり、と鼻を掠めた香りに思わず目を見開く。
それはとても久しぶりに感じる、生花の香り。
柔らかな光に溢れた場所は、色とりどりの花が咲き乱れる温室だった。
「す、ごい……。」
「荒廃してしまった土地でも栽培できるような品種を開発してるんです。どうぞ、もっと近くで見てください。」
「え…、ええ。」
(あ………。)
ふ、と離れてしまった手。
消えてしまった温度に一瞬寂しさを覚えた自分に苦笑した。
円に促されるまま温室内を見回す。
色に溢れる景色の中で一際目を引いたのは、小さいながらも堂々と花をつけた桜の木だった。
お花見、と言った円の言葉の意味を理解する。
「これってソメイヨシノ、じゃないわよね。花の色が濃いし花弁も小さいみたい。」
「優性遺伝子同士を掛け合わせて品種改良してます。この桜は春だけじゃなく、秋にももう一度花を咲かせるそうですよ。」
「………そう。」
品種改良。その言葉を聞いて改めて咲き誇る花々を眺めてみる。
桜の木の横にある花壇には、夏に咲くヒマワリとトケイソウ。
同じ花壇の中にパンジーやクリスマスローズのような冬の花。
コスモスやハイビスカスまで同時に花を咲かせていた。
季節や土地を選ばずに。
四季の壁を乗り越えて隣り合い咲く、美しい花たち。
そんな光景を、悲しい、と感じてしまう私がおかしいのだろうか。
「…これが、この世界の普通になるのかしら……。」
ぽつりと零れた言葉に円の視線を感じたけれど、私はそのまま花弁を散らす桜を見つめていた。
少しだけ沈黙があって、彼が口を開く。
「そうですね。これが鷹斗さんが望んでいる世界なんだと思います。」
綺麗なものだけに囲まれた世界。
境目や壁など存在しない、穏やかな世界。
酷く優しくて、寂しい、孤独な王様の。
「それでもあなたは抗うと決めたんでしょう?」
円の言葉に顔を上げれば、薄紫の瞳が私を真っ直ぐに見下ろしていた。
有無を言わせないような問いかけ。否、問いかけでは無く確認なのだろう。
それでもあなたは。
それでも私は。
この世界を認めない。
咲かせられた桜。
それを悲しいと思うこの感情を、私は絶対に無くしてはいけないのだ。
「……ええ。私は最後まで抗うわ。」
薄紫を見つめ返して私は言い切る。できるだけ冷静に。
そんな私の頭を、円がふわりと一度だけ撫でる。
どこか悲しそうなその微笑の向こうに、薄紅色の花弁が舞っていた。
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