「寒くないですか?」
「えぇ…。」
「ゼリーなら食べれるでしょう。
はい…、少しでいいので食べて、じゃないと薬飲めないですから。」
「…ん……。」
少しだけ身体を起こすように、円が私の背中に手を添える。
口に運ばれたひんやりと冷たいゼリーはグレープフルーツ味だろうか。
熱のせいで味覚が麻痺していてよく分からない。
「もっと欲しいですか?」
「ん、もういい……。」
「じゃ、これ、薬飲んで…。ほら、撫子さん、水もう少し頑張って飲んでください。」
「……んん、…はぁ……。」
口元から零れてしまった水を、丁寧にタオルで拭いてくれる円。
薬を飲んだ私は、鉛のように重たい身体をまたベッドに沈める。
熱でぼんやりする視界の中に、テキパキと氷枕や濡れタオルを用意する円の姿があった。
喫茶店で私の頬を触った円が、珍しく目を見開いて驚く表情を見せたのを思い出す。
まあそんな顔は一瞬で元の無表情に戻って、帰りましょう、と一言だけ発した円に連れられて今は彼のベッドの上にいる。
円の運転する車の中で、安心したせいか私の熱はどんどん上がっていった。
私の家に戻るよりも円の家の方が近いからと、朦朧とする私を連れて帰ってくれたのだ。
いつもの憎まれ口を叩くこともなく、円は献身的に看病をしてくれている。
その顔はやっぱり表情が無くて、今円が何を思っているのかただでさえ熱で働かない頭では窺い知れない。
怒っているのだろうか。それとも呆れ果てているのだろうか。
うんざりしてしまっていたらどうしよう。
そんなことをうだうだと考えながら、私は深い眠りに落ちていった。
どれくらい眠っていたのだろうか。
ふと目が覚めた時には、部屋の中はもうすっかり暗くなっていた。
まだはっきりしない視界の中に、小さな明かりを捉える。
そこにはテーブルランプの光だけで本を読んでいる円がいた。
「まど、か……?」
呼んだ声は酷く掠れていて、喉が炎症を起こしたのだと知る。
私の声は消えそうなくらい頼りなかったけれど円はすぐに気づいて、ぱたっと本を閉じてこちらへと来てくれた。
「目が覚めましたか。気分はどうです?」
「寒気はなくなった、みたい…。喉は痛いけど。」
「熱は上がりきったみたいですね。
ご実家にはぼくから連絡しておいたので、安心してゆっくり休んでください。」
円はそう言いながら、私の額や首筋に手をあてて体温を確認する。
その手のあまりの優しさに、胸がきゅうっと狭くなった。
「何か欲しいものありますか?
とりあえず汗をかいたようですから水分とりましょうか。
あと着替え、ぼくのシャツしかないですけど我慢してくださいね。」
ゆっくりと私の身体に負担がかからないように起こし、適度に冷えたスポーツドリンクを飲ませてくれる円。
頭の芯がうずくような熱を発していてうまく思考が回らない中、思った事がそのままぽろりと言葉になって零れた。
「ま…、円が優し過ぎる……。」
「………は?」
ペットボトルのキャップを閉めながら、彼は怪訝そうに眉を顰めた。
「何ですかソレ、優しいのが不満みたいな言い方ですけど。」
「だって、いつもの円ならもっと意地悪いもの。」
正確に言えば意地悪いのは口だけで、その行動や仕草は優しい。
でも、口だけは本当に憎たらしいのが円という人のデフォルトだ。
「……あなた、ぼくのこと何だと思ってるんですか本当に失礼な人ですね。
病人に意地悪する程鬼じゃありませんよ、全く……。」
溜息をつきながら、タオルで私の額や首筋の汗を拭いてくれる円の表情はやっぱりいつもより柔らかくて、少しだけ緊張してしまう。
「えっと、あの…、ありがとう…。」
「どういたしまして。」
ふっと小さく笑った彼に、心臓がより大きな音を立てた。
腕を拭いてくれている円の顔が近くて、その伏せられた目が酷く色っぽく見える。
何だか直視できなくてギュッと目を閉じた。
「……………。」
「……………。」
(………ん?)
胸のあたりにすーすーとした開放感を覚えて目を開ける。
「―――っ!ちょっ、何してるのよっ!!!??」
「何って、汗かいてるんですから着替えないと駄目でしょう?」
飄々と言った円は、慣れた手つきでいつの間にか私のブラウスのボタンをお腹のあたりまで外している。
滑るようにボタンを外す手を必死に制するが、逆にその手を掴まれて押さえつけられてしまった。
「じ、自分でできるからっ!」
「病人が遠慮なんてしなくていいんですよ、それに……。」
言葉の途中で間近に迫ってきた円の顔。
その目の色は、もういつもの彼のそれで、
「意地悪なぼくをお望みの様でしたから期待に応えないと、と思いましてね。」
そう言って耳元に口付を落とされてしまうと、もう何も言えない。
口は災いの元。
そんなことわざが頭に浮かんで、そして円の与える感覚の中へ消えていった。