kiss【理一郎の場合】
初春特有の柔らかい日差しが、レースのカーテンを通して部屋へと入り込む。
時々サラリと髪を撫でる風が心地良い。
静かな空間に響くのは、カリカリとペンがルーズリーフの上を走る音だけ。
ふう、とひとつ溜息をついた。
「……ねぇ。」
「…………。」
「ねぇってば、聞こえてるでしょう?」
「…なんだよ。」
理一郎は顔も上げずにレポートを書き続ける。
ちょっとムッとしたけれど、いつものことなので文句を言うのはやめた。
「もう2時間ちょっと経つわよ。少し休憩しない?逆に効率悪くなるわ。」
「休憩したきゃ勝手にすればいいだろ?」
尚も目線すら上げない理一郎の態度に流石にカチンとくる。
「勝手にって…、人の家で勝手にお茶入れるわけにもいかないじゃない。」
「今更だろ、気なんか使わなくていい。」
「…………。」
いくらなんでも冷たすぎないだろうか。
確かに気を使うこともない勝手知ったる幼馴染とはいえ、私は彼の恋人だ。
最近ずっと実習が忙しくて全然会えなくて、久しぶりに会えたというのにこの態度。
(確かに私が無理に押しかけたようなものだけど……。)
提出期限間近のレポートがあるから、それが終わったら迎えに行く。
だから家には来るな。
そう言われたのに、自分も課題があるから一緒にやろうと無理やり上がり込んだ。
それでももう少しくらい優しくしてくれたっていいと思う。
(2人きりになるのは、すごく久しぶりなのに……。)
そもそも隣に住んでいるのに、会うのすら1週間ちょっとぶりだ。
だから、無理を言ってでも少しでも早く理一郎に会いたかった。
こんな風にやきもきするのは私だけなのだろうか。
理一郎は、ちょっとでも長く私と一緒にいたいとは思わないのだろうか。
会えない間、私の顔が見たいと思ってくれなかったのだろうか。
寂しいと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
会えない間は寂しかった。
でも今、会っているはずなのに、もっと寂しい。
「……私、帰るわね。」
「………は?」
理一郎が目を丸くして驚く。
当然の反応だと思う、無理に押しかけたのは私なのだから。
でも、これ以上ここにいたら泣いてしまいそうだった。
泣いて、理一郎を責めてしまいそうだった。
こんなことで泣いたりしたくない。
彼を困らせたくないし、それ以上に私のプライドがそれを許さないから。
「ど、どうしたんだよ突然……。」
困惑したような声が聞こえて、胸がぎゅっと苦しくなったが、
私は理一郎の顔を見ないまま筆記用具をペンケースに仕舞う。
「…別に、理一郎の邪魔したかったわけじゃないもの。」
「撫子………。」
目頭がじわりと熱を持ったのを誤魔化すように、
急いで本とノートを鞄に仕舞って立ち上がろうとする。
テーブルに着いた腕が、不意に掴まれた。
「―――っきゃ!」
驚く暇もないまま、掴まれた腕を引っ張られた私はバランスを崩して、
倒れる様に理一郎の腕の中へと仕舞いこまれる。
突然のことに、カッと顔が熱くなった。
「り、いちろう……?」
「……帰るなよ。」
ぼそりと呟かれた言葉に驚いて顔を上げた途端、強く唇を奪われる。
「んっ……。」
理一郎のキスは、普段の淡白な態度からは想像できないほど、熱くて激しい。
一度唇を合わせれば、終わりなんてないかのように長く求められて、
私はいつもただただ流されてしまう。
何度も角度を変えて、息を継ぐ隙など与えない口づけ。
私はいつのまにか、縋りつくように理一郎へとしがみついていた。
想いを全て注ぎ込むようなキス。
唇を通して流れ込むこの熱が、きっと彼の本音なのだろう。
素直じゃない幼馴染。
酸欠でぼんやりとする頭で、そんな彼が心から愛おしいと思った。