「……ほんとだ、もう七夕になっちゃってる……。」
「……そんなに悲しそうな声出さないでよ。」
あからさまに肩を落とした俺を見て、撫子は困ったような柔らかい笑みを向ける。
小さな子供をあやすみたいに俺の頭を撫でた彼女が、不意に窓の外へ視線を向けた。
それを追って窓へ目をやれば、いつもと同じ群青色に広がる暗い夜空。
やっぱり星は見えないわよね、そう呟く撫子の表情は寂しそうに、けれどどこか慈しむように。
この世界を俺ごと全て受け入れてくれた彼女が時折見せるこんな表情。
苦しくて、そして堪らないくらい愛おしくて。
少し離れてしまった身体を強く抱き寄せる。
温かな胸に縋るようにすれば、撫子は少しだけ笑ってまた俺の頭を撫でた。
「……初等部の頃、クラスで七夕をやったことがあるんだ。今日みたいに皆で七夕飾りを作って、それぞれに配られた短冊に願い事を書いてさ。」
とつとつと話始めた俺の言葉を彼女は黙って聞いてくれる。
その間も柔らかく俺の頭を撫でてくれる撫子が少しだけ可笑しかった。
「でも俺、書けなかったんだ。」
「書けなかった……?」
「うん、願い事が書けなかった、どうしても思いつかなくて。周りの皆が将来の夢とか今欲しいものとか書いている中で、俺だけ何も書けなかった。」
「…………。」
俺の頭に回された彼女の腕に、ぐっと力が籠った。
あの頃の俺には願い事なんて無かった。
将来の夢と言われてもピンと来なかったし、欲しいものも特に浮かばなくて。
嘘でも何か書けばいいと思うのに、本当に何も思いつかなくて。
子供らしくない、人間らしくないと自覚していた。
今思えば【願う】という感情を理解していなかったのだろう。
たぶん、君に出会わなければ今もきっと。
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