意識
ふと戻る意識。
部屋内はまだひっそりとした暗闇に覆われていて、さっき目が覚めた時からほとんど時間が経っていないのだと知る。
ぼんやりとした思考の中で、今夜もカカシさんが家にいないのだと再認識した。
彼が暗部の任務についたのはもう何度目だろうか。
一度暗部の任務に出てからというもの、それ以来彼は頻繁に家を空けるようになっていた。
そして私はその度に、こうしてよく眠れない夜を過ごしている。
日に日にその回数は増え、基本夜型な任務の為に彼と会う機会も減っていた。
同じ家に住んでいるはずなのに。
今までずっと二人で過ごしていたアパートは、一人きりだと静かすぎて落ち着かない。
日課のように腕立て伏せをしていたカカシさんの姿もリビングには無く、彼と並ぶと若干狭くて作業がしづらいなんて思っていたキッチンもやけに広く感じられた。
コマ切れに何度も目覚めてしまうから体の疲れもうまく取れず、暗闇の中で深い溜息を吐く。
何気なくベッドの横を見ると、いつもそこに眠っているはずのパックンの姿がない。
(あれ、さっき目が覚めた時はいたのに。どこいったんだろう……)
だいぶ冷えるようになってきた10月始めの夜。私はストールを羽織ると、リビングへ向かった。
リビングの戸を開けた時、微かに聞こえてきた声に驚いて足を止める。
息を潜めて伺うと、声はカカシさんの部屋から聞こえてくるようだった。
いつの間にかカカシさんが帰ってきていたのだろう、嬉しくて思わず口角が上がる。
パックンと話しているのかな、なんて思ってリビングへ足を踏み入れようとして、聞こえてくる声に違和感を覚えた。
小さく低く響く。それは悲痛なうめき声だった。
「眠れぬのか?」
「っ!!」
いつの間にか足元にいたパックンに突然話しかけられて、飛び上がりそうになる。
「パ、パックン……カカシさん、帰ってきてたの?」
「うむ、一刻程前にな」
「……眠ってる…んだよね?すごくうなされてるみたい……」
「暗部の任務後はいつものことじゃ。気にせず雅美も眠るが良い」
何事も無いようにそう言ったパックン。
暗部の任務から帰ってきた夜は、彼はいつもこんな風にうなされていたということなのだろうか。
つい一昨日も、そして先週の夜も。
――【暗殺】
脳裏を過った漠然としたイメージにさえ背筋が震える。
その言葉の意味をリアルに考えたことがなかった。
「……ぅう…う……ぁ…」
耳を塞ぎたくなる程の痛々しいうめき声に、私の身体は金縛りにあったかのように動かなくて。
しばらくリビングの入り口から離れられられずにいたが、床に貼り付いたように重い足をゆっくりと進めてカカシさんの部屋へと向かう。
なぜカカシさんの元へ向かっているのかなんて自分でも良く分からない。
けれど、苦しげにうなされる彼をそのまま放っておくことなどできなかった。
ドアの隙間から見えるベッドには確かに彼が眠っているようだった。
カカシさんはいつも部屋の扉を開けたままでいる。
いつでも逃げ場を作っておくのは忍の習性なのだそうだ。
そっと部屋に足を踏み入れれば、ベッドにうずくまる様にしているカカシさんの姿が目に入る。
よっぽど疲れているのか私の気配に気付いている様子は無い。
どれ程過酷な任務をこなしてきたのだろうか、胸が締め付けられる感覚に思わず寝間着をギュッと握りしめた。
ベッドの横に膝をつき、恐る恐るカカシさんの手に触れる。
私よりも少し冷たい彼の温度。それは紛れもないカカシさんの体温で。
それを実感した瞬間自分でも予期していなかった涙がぼろぼろと零れた。
何で泣いているんだろう。
何を思っての涙なんだろう。
カカシさんが帰ってきたことへの安心感からなのか、カカシさんの心の傷への同情心なのか。
心の奥底から湧きあがるような、この言葉にできない感情に酷く戸惑う。
ただ、カカシさんの姿を見て、カカシさんの心を思うとたまらなく切なかった。
カカシさんのベッドの傍ら、未だ苦しげにうなされる彼が涙で滲んだ視界に映る。
私はカカシさんの手を握ったまま声を殺して泣き続けた。
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