尋問
「シズネ!いるか!?」
金髪火影が扉の向こうに声をかけると、
焦ったように返事をして部屋に入ってきたのは子豚を抱いた女の人だった。
「シズネ、話は聞いていただろう?この子は雅美だ。
イビキの尋問が終わり次第身体検査を行う。準備しときな!」
「はい、分りました。」
「カカシはイビキを呼んで来い!」
「…………。」
火影の命令は絶対であり、逆らうことなど許されないことは十分承知している。
しかし、俺の足は動かなかった。
イビキは尋問・拷問のプロ。
忍相手ならまだしも、彼女はどこからどう見ても一般人だ。
とてもじゃないが賛成できない。
五代目は渋る俺を見てふーっとため息をつき、頬杖を付いて言う。
「解っている。手荒なまねはしないよ。
尋問には私も立ち会うから安心しな。」
(五代目が立ち会うって、…むしろ心配なんだケド。)
しかし、手荒なまねをしないという言葉に少し安堵する。
「さぁ、早く行きな!!」
「ハイ……。」
仕方なくイビキを呼ぶため瞬身で尋問部まで向かった。
―――――――――――――――
カカシ先生がいなくなり、部屋には金髪火影と私の二人きり。
これから何をするのか、何をされるのか、
知りたいのに知るのが恐ろしくて言葉が出てこない。
目を伏せて俯いているのに、金髪火影の刺さるような視線を感じて酷く居心地が悪い。
しばらく沈黙が続いた後、雅美、と静かに名前を呼ばれた。
「すまないね。お前が嘘をついていないのは分かっているが、
このまま何もしないって訳にもいかないんだよ。
木の葉の里は忍五大国の中でも一番力をもった里でね、
此処を落とそうと企む輩は後を絶たない。
この里を守る為には、慎重にお前を見極める必要があるんだ。」
解かってくれ、と私に申し訳なさそうに告げる表情は、どこか辛そうだった。
この世界に来て初めて人間らしい感情に触れ、少しほっとする。
頭ごなしに私を害だと決めつけているわけではない、
それが感じられただけでも救いだった。
この世界にはこの世界の事情があり、ルールがある。
泣いて喚こうが、帰りたいと叫ぼうが、自分は今この世界にいる。
この世界で自分は無力な存在だ。
今は、従うしかないんだ。
しばらくして、扉がノックされた。
「カカシです。イビキを連れてきました。」
「よし、入れ。」
扉を開けて入ってきたカカシ先生の後ろに立つ大柄な男を見て、
落ち着きを取り戻しかけていた雅美の背筋に冷たい物が走った。
頭をすっぽりと布で覆った男の顔は傷だらけで、
私を見下ろす三白眼は冷たい光を放っている。
冷や汗が額から頬に流れるのを感じ、
まるで金縛りにでもあったかのように身体が動かなかった。
―――――――――――――――
「イビキー、そんな怖い顔で睨むんじゃなーいヨ。
すっかり怯えちゃってるじゃないの、かわいそーに。」
「…俺は元からこういう顔だ。」
イビキを見た彼女は、真っ青な顔をして小さく震えていた。
胸の前でぎゅっとシャツを握り、立っているのもやっとだろう。
どうにか気持ちを和らげてやりたくて軽口を叩くが、
俺の声なんて聞こえていないようだ。
「では行こうか。」
五代目が、立ち尽くす彼女の腕を引いて扉を開けた。
大人しく黙ったまま連れられていく彼女は、
扉が閉じる瞬間、泣きそうな、縋るような眼で俺を見た。
助けてほしい、そう訴えている瞳が扉の向こうに消えるまで、
俺は一瞬も目が逸らせなかった。
胸の奥をぐっと掴まれるような感覚。
素性も性格も何もかも知らない相手に対して、
何故こんなにも感情移入してしまうのだろう。
はぁ、と溜息を漏らすと、すっと体の力が抜ける。
そこで初めて、自分でも知らないうちに体が緊張していたことが分かった。
手の平を見れば、爪の跡が付くほどに拳を握り締めていた。
深く刻まれた爪痕を見つめ、嘲笑気味の笑みを零す。
(らしくないねぇ……。)
廊下に響く足音も遠退き、静寂に包まれた火影室。
閉ざされた扉を見つめながら、願わずにはいられなかった。
どうか、彼女が傷つきませんように。
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