暗部
「今日はお仕事で何かあった?」
いつも通りの質問も、今日で30回目を迎えた。
彼女が洗った皿を、俺は布巾で拭いて食器棚へとしまう。
今まで無縁だったこんなのどかな日常も、今ではもう見慣れた光景だ。
「今日は、アスマさんの代わりに赤丸君が報告書を届けに来ましたよ。久しぶりに会ったけど、元気そうでした。」
「……赤丸が。」
一瞬報告書を提出する赤丸を思い浮かべたが、すぐにシカマルの間違いだと気付く。
「アスマさんの報告書って、いつも書き忘れがあるんですよー。
めんどくせーって言いながら何度も行ったり来たりして。ちょっとかわいそうでした、赤丸君!」
名前を間違えたまま意気揚揚と話を続ける雅美ちゃんに、思わず噴き出しそうになった。
「雅美ちゃん、それシカマルね。」
「……私何て言いました?」
「赤丸。赤丸はキバの忍犬だから。」
「あ………。」
すいません、と小さな体をより小さくして項垂れた彼女の頭を軽く撫でる。
何かと頭を撫でたがる俺に始めこそ抵抗していた雅美ちゃんだったが、今ではそれも慣れてしまったようだった。
「雅美ちゃん、すっかり待機所の仕事慣れたみたいだね。」
「皆さんお優しい方ばかりなのでお陰様で。まだ失敗も多いですけど…。」
「単位間違えて発注しちゃうなんて大した失敗じゃ無いじゃない、可愛いもんだよ。」
「っ!?なんで知ってるんですか??」
「ま、色々ね。」
再び真っ赤な顔をして俯いてしまった雅美ちゃん。
コロコロと表情を変える彼女は、いつも見ていて飽きない。
だってクナイがひと箱にどれだけ入ってるかなんて想像つかなかったですし、とか何とかぶつぶつ言っている彼女。
俺の傍にいることが自然となった今、雅美ちゃんは本当に無防備な姿を見せてくれる。
そんな彼女を穏やかに見ている自分自身も、きっと同じく無防備なのだろうと頭の隅で思った。
「食後のお茶、コーヒーと緑茶どっちにしますか?」
そう言って俺に向ける笑顔はやはり無防備で。
「ん、緑茶でお願いします。」
はーい、と間延びした返事を残した後ろ姿を目で追った。
穏やかな日常に幸せを感じてしまう自分を、酷く憐れな奴だと他人事のように思う。
意味がないと知っていたって、加速する気持ちを抑える術なんて無い。
彼女の屈託のない笑みが俺に向けられる度、胸の奥は小さな音を立てて軋んでいた。
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