火影
突如自分のベッドに現れた少女。
素性を見定めようと、色々聞き出す筈だったが、
[多田雅美]という名前であること以外、何も理解できなかった。
(弱ったな。必死さは伝わってくるんだけどネェ…。)
このまま押し問答していても時間の無駄だと悟り、
とにかく火影様の下に連れて行くことにする。
こんな朝方に行けばきっと機嫌が悪いだろう、
気が進まないが仕方がない。
得体の知れない女を連れて外を出歩く訳にはいかないと考え、
少女を抱えて瞬身で行くことにする。
しかし少女は悲鳴をあげてそれを拒否した。
どうやら忍と接するのが初めてな様で
普通の女よりも少し高い声でキャンキャン喚いて、俺を睨んで威嚇している。
(上忍相手にガン飛ばすなんて、いい根性してるじゃない。)
「俺が忍者だってことが信じられないなら、証拠を見せよーか?」
「…しょ、証拠って、手裏剣投げるとか?」
「イヤイヤ室内では危ないでショ、忍術見せてあげる。」
ぽかんと見上げる少女にお面の下でにっこりと微笑み、パパッと印を結ぶ。
「分身の術!」
ぼわんっと煙が上がり、隣に分身である自分が姿を現した。
「!!!!!????」
少女は零れ落ちるほどに目を見開いて、そしてそのまま固まった。
「……大じょーぶ?」
パタパタと顔の前で手を振っても放心状態で固まっている少女。
やれやれ、とため息をつきながら小脇に抱えて印を結び、
瞬身で火影室へと向かった。
――――――――――――
これは夢なんだ。
こんな事、現実に起こるわけがない。
目の前のお面を被った男が二人に分身した。
夢だと思いたいのに、ベッドから落ちた時に床に打った肩が痛み、これは現実なのだと思い知らされる。
呆然とする私をお面男がグイッと抱えたかと思うと、
次の瞬間には目の前の景色が変わっていた。
状況を飲み込む間も無く次々に起こる信じられない光景に、
最早頭は全く付いていかなかった。
緩いカーブを描く廊下を、小脇に抱えられたまま進むと、
お面男は火影室と書かれた扉の前で足を止めた。
「五代目、ちょっとよろしいでしょうか。」
「……カカシか。入れ。」
(カカシッ!?カカシってカカシ!?)
扉の向こうから聞こえた若い女性の声。
頭の中を駆け巡る有り得ない仮説は、徐々に現実のものとなっていく。
火の国、忍者、火影、カカシ。
こんなことあり得ない、と必死に自分に言い聞かせていた。
ぎぃっと音を立てて扉が開くと、正面には大きな机が置かれていて
その向こう側には金髪の女の人が眉間に皺を寄せて座っていた。
「こんな朝早くに何の用だ……、しかも何だその格好。」
「いや、寝起きだったものデ。」
お面男はやっと私を放し、隣に立たせると再びぼわんと煙を上げた。
(あぁ…、やっぱりあり得ない………。)
由佳さんが何度も絵に描いて見せてくれたっけ、と
混乱を通り越して冷静になってしまった頭でぼんやりと考えていた。
黒い口布に額当て。
見えているのは右目と右眉だけ。
重力に逆らって伸びる銀髪。
自分より30センチは高いであろう身の丈を猫背で丸めて立つ姿。
煙の向こうに見える姿、
それは職場の友人である由佳さんが描いてくれたイラストそのものだった。
(もう、疑いようがないじゃないですか……。)
「カカシ先生……。」
零れ落ちたように呟けば、
彼は右の眼をいっぱいに見開いて驚いていた。
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