「…か!かわいいっ!!」
白い煙の中。ちょん、とお行儀よくお座りしている一匹のパグ犬。
頭に木の葉の忍の証しである額当てを巻いて、へのへのもへじが書かれた服を着て。
しゃがみ込んで、迷わずそのくりくりとした頭を撫でようと手を伸ばした時だった。
「お主、初めて見る顔じゃな。」
「!!―――しゃべった!!!」
パグ犬が至極当たり前の様に人語を話したことに驚いて、咄嗟に伸ばした手を引っ込める。
「ふん、優秀な忍犬であるワシが話せるのは当然のことであろう。」
「ご、ごめんなさい…。」
混乱する頭で思わず反射的に謝れば、カカシさんが私の肩をぽん、と叩いた。
「パックン、時間ないんだ。テンゾウ呼んできてちょうだい。」
「うむ。分かった。」
シュッと音をたてて消えた喋るパグ犬。
何というか、ここは本当に別世界なのだと今更ながらに実感させられる。
「今のはパックンっていって、俺の忍犬。雅美ちゃんならきっとすぐに仲良くなれるよ。」
そう言って少し冷めてしまったお茶を飲むカカシさん。
カップを持つその指から血が出ているのに気づいて、私はティッシュを一枚掴んでカカシに駆け寄った。
「カカシさん、血が…。」
血を拭おうと彼の手に触れた瞬間、ピリッと電流が流れるような軽い衝撃が指先に走った。
お互い思わず手を引っ込める。
「静電気起っちゃったね。大じょーぶ?」
「あはは、全然大丈夫です。それよりカカシさんの指が…。」
あぁ、とカカシさんが親指に目をやると、もう出血は止まっていた。
「血ぃ止まったみたいだから平気だよ、慣れてるしね。ありがと。」
「あ…、そう、ですか…。」
たった今まで流れていた筈なのに、と少しだけ不思議に思う。
しかし何事も無かったようにお茶をすする彼に、私はそんな些細な疑問などすぐに忘れてしまった。
暫くして、ふ、とカカシさんの纏う雰囲気が変わる。
「テンゾウ、入って。」
彼が空に向かって言ったと同時に部屋の中に音もなく現れた忍。
動物を思わせる面を着け、左腕にカカシさんと同じ刺青をした長身の男性。
どこか間の抜けた面は、しかし表情が無く酷く冷たい雰囲気だ。
「雅美ちゃん、こいつはテンゾウ。俺がいない間こいつが君の護衛をするから。」
「あ…、よろしくお願いします。」
「カカシ先輩の代役ですからね、責任持って努めさせていただきますよ。」
面の奥から発せられた声は思いの外柔らかいもので、少しだけ安心感を覚える。
「俺がいない間大丈夫そう?」
心配気に私を覗き込んだカカシさんに、精一杯の笑顔を作った。
彼の足枷になることだけは絶対にあってはならないから。
「はい!私のことは心配ないですからカカシさんは心おきなく任務がんばってくださいね。
お帰りを待ってます。」
「ん、じゃあちょっといってくるネ。テンゾウ、パックン、雅美ちゃんのこと頼んだよ。」
そう言い残して、カカシさんはドロン煙を上げてその場から消えた。
「では僕も消えます。何かあったら呼んでくれればすぐに現れますので。」
後を追うかのように暗部の彼も姿を消す。
気付かないうちに緊張していた私は、ふう、と小さな溜息を吐いた。
大きな体の男の人が二人一気にいなくなると、この部屋はとても広く感じる。
ぷにっとした感触を覚えて足元を見ると、パックンが自分を見上げていて。
「お主、ワシの肉球が触りたいか?」
「…はい、是非。」
夜が更けるにつれて少しずつ強くなってきた風が窓のガラスを揺らす。
窓枠の小鳥は、知らぬ間に飛び立ってしまっていた。
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