大名の護衛任務は、かなり退屈なものだった。
(まぁ毎回暗殺やSクラス任務ばっかじゃ、スタミナのない俺はすぐ病院送りだけどネ。)
そんなことを考えていて、そういえば今は看病してくれる人がいるんだったっけ、と気付く。
雅美ちゃんが来てから二週間、彼女との生活はとても順調だった。
幼いころに親を亡くした俺は、人と共に生活するということに慣れていない。
相手が女性であること、しかも異世界から来たという事実に始めこそ戸惑ったが、
彼女との共同生活にはすぐに自然なものとなった。
面倒を見てもらっているという意識が強いのか、彼女は俺に対して良く尽くしてくれる。
ずっと家に居るせいもあって、自然と全ての家事を雅美ちゃんが担うようになっていた。
任務から帰ると温かいごはんが用意され、風呂が沸いている。
朝はまな板を包丁が叩くリズミカルな音で目が覚め、手作りのお弁当を手渡される。
なにより、ただいまと言う相手がいること、おかえりと言ってくれる相手がいることは俺にとって酷く新鮮で、どこか心地良く感じていた。
それに、彼女は特別だ。
一人きりでこの世界に来てしまった女の子、その胸に記された四代目の術式。
俺にとって彼女は自分が守るべき特別な存在であると確信していた。
だから今抱いているこの感情は至極普通に生まれるものなのだと思う。
目の前で楽しそうに雅美ちゃんと話しているイルカ先生を見て不快と感じるのは、
父親が娘と親しい輩を許せないのと同じ気持ちなのだろう。
しばらく二人の様子を見ていたが、微かに頬を染めて笑うイルカ先生に耐えられずに、俺は思わず声をかけていた。
「イルカ先生に送ってもらってたんだ?」
「はい。カカシさんを待とうか迷ったんですけど、任務っていつ終わるのか分からなかったので。」
「そ。じゃ、買い物でもして帰ろうか。」
雅美ちゃんの背中に手を当てて自分の隣へと促すと、彼女は少し焦ったようにイルカ先生の方を振り返り、今日はありがとうございました、と丁寧に御礼をする。
彼は一瞬俺と彼女を交互に見て、苦笑を零して軽く頭を下げて去って行った。
「…カカシさん、イルカさんと、その、…あまり仲が良くないんですか?」
「え…?」
店に並ぶ鮮魚を見ながら、雅美ちゃんが俺を窺うように口を開く。
投げかけられた質問に一瞬呆気にとられた。
そして自分が全く感情を抑えられていないことに今更ながら気が付く。
(俺もまだまだ修行が足りないねぇ…。)
思わず頭の中で嘲笑し、彼女の頭を軽く撫でた。
「そんなんじゃなーいよ。雅美ちゃんが心配で、ちょっと過保護になっちゃっただけ。
大切なお客様に悪い虫がついたら大変でショ?」
「悪い虫って…、私もう23歳ですよ?
カカシさんは私を子ども扱いしすぎです!」
ぷくっと頬を膨らませて怒ってみせる彼女に、更に苦笑が零れる。
(こんなに可愛いのに大人だから困るんでしょーが。全く……。)
心の中で溜息をつきながら、膨れる雅美ちゃんを宥めつつ家路についた。
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