暮れの狼

"堪忍。年越し、研究室の同期とラボで研究課題やることなった。(>人<)"


と、連絡が来たのが一昨日。
22歳。大学医学部4年。院に進むことが決定している謙也にとって、この時期でも研究課題に追われることは必死。
わたしは、なにより、謙也には彼の将来のために頑張ってもらいたいと思っている。謙也の夢、意志、決意、なによりも尊重したい。そのため、時にはわたしより優先させなくてはならないことがたくさんあることも知っている。


(…だけど…)


わたしは今年で25歳を迎えた。
一般企業で事務職員として働いている。なんともありふれたものだ。
就職して3年、色々な成功と失敗、人間関係を経験し、少しは精神的に成長したつもりだった。けれど、どうしたものか。3つ年下の男との恋愛1つで、現実に割りきれず揺さぶられる自分がいる。頭ではわかっていても感情が追い付いてくれない、わたしは今日謙也といたかった。


本当だったら、謙也と年を越すつもりだった。
わたしのマンションに謙也を呼び、わたしじゃ手の届かないところの掃除を手伝ってもらって。夕飯の買い出しに行って。紅白とガキ使を行き来しながら年越しそばを食べ鍋をつつき、新年を迎えた瞬間には、「明けましておめでとう、今年もよろしく」って。

しかし、現実は。
ぼんやりと大晦日を過ごす自分に、(実家に帰ればよかったかな)、ひとり年越しそばをすすりながら、そんなことを思った。



















あと15分で年が変わる。
誰もがその瞬間を、胸をざわつかせて待ちわびている。
家族と、あるいは恋人と、あるいは友人と。
けれど、わたしは携帯を片手に、謙也に電話をかけるかどうかで悩んでいた。

新年始めに声を聞くのは謙也がいい。謙也も、始めに声を聞くのはわたしでいてほしい。そんなしょうもない我が儘な気持ちが胸の中にあった。
くだらないことだろう。25の女の胸中は、まるで高校生のような余裕のなさである。声を聞かないと寂しくて不安で、そんな。
たった3つぽっちだが、わたしは謙也より歳が上だ。
その分子どものような欲求で行動するのは気が引けた。
謙也は大事な研究実験の最中である。
わたしがすべきなのは、わたし自信の不満を解消することではなく、彼を応援することにあるのに。

長々と考えていたら、余計に自分の選択しようとしていることが間違いのように感じた。
やはり、電話はやめにしよう。せめてメールにしよう。別にまたすぐに会える。そしたら十分彼を占用したらいいではないか。



けれどその時電話は鳴った――――謙也からだった。



思いも寄らなかった表示を見てとても驚いた。
喜びと相まって瞬きを繰り返した。
半ば震える手で、わたしはボタンを押す。


「あのっ、もしもしっ、ケン」
『プッ』
「えっ、なっなに笑って」
『キンチョーしすぎやて』


謙也は笑いをこらえられないように、クツクツと笑っている。
謙也相手にいまさら、緊張で声を裏返させてしまった自分が恥ずかしく、つい黙ってしまった。ほんとに、謙也のことになると余裕がない。
受話器の向こうで謙也が『……可愛えなァ』と漏らして、さらに顔が紅潮した。
わたしのほうが大人なのに。どうしてこんなに振り回される。


『声聞きたなって』
「…………わたしもそう思ってた」
『ほんま?』


照れるわ〜、と言った謙也に、本当はその姿が見たかったと伝えたらどうなるのだろうか。いいや、伝えまい。謙也も同じように声を聞きたいと思ってくれていたことだけで、十二分に嬉しい。
そこでピンポーン。インターホンが鳴った。大晦日も暮れというのに誰だろう。
「謙也、ゴメン、お客さ」「おおほな、切るな」――――謙也はなんともあっさりと、電話を切ってしまった。わたしの心が少しの陰りを覚える。謙也にとっては、そんなに簡単に通話を切れる程度のものだったのだろうか………まあ、またかけ直せばいい。そうだ。と、自分を慰めてドアを開けた。


「どちらさ…ま………?」
「やっぱ、会いたなって」


今度はもっと信じられなかった。
謙也だ。謙也がいる。
「びっくりしたやろ」といたずらに笑う謙也が、わたしの前髪をすくように撫でる謙也が、わたしの目の前にいる。
体が悦びに震えた。けれど、あんなに遠くに感じていた彼が、急に目の前に現れたことに驚きを隠せなくて。彼は、言葉も出ず固まるだけのわたしを部屋の中に促し、扉を閉めた。そして私の頭を撫でる。


「実験、抜けさせてもろたんや。………待たせて、堪忍」
「……来てくれただけで、すごい、嬉しい…………ね、謙也」
「ん……?」


謙也が至極やさしい目でわたしを見ている。
わたしだけを見ている。
わたしを撫で、わたしを慈しんでいる。


「キスしたい」
「……ええよ……?」


わたしの言葉に、掠れた声音で謙也が微笑む。
わたしの頬が彼の両手に包まれる。
親指でわたしの目尻を撫で、ふっと笑った彼を、心底愛しいと思った。
頭ひとつ分ある身長差を埋めるために、つま先立って背伸びをする。
柔らかく彼に触れた。
それでも少しだけあった隙間を埋めるように、謙也の手が後頭部に移動して、わたしの体をさらに自分の体に重なるように動かした。
しばらくそのままぴったりと、動かないまま、お互いの柔らかさや温もりを感じていた。


ふとした拍子に、謙也が頭の角度を変えて、深く口づけてきた。
唇に何度も吸い付き、下唇を噛み、いやらしく舐め、わたしを誘う。
もう、わたしは、ただ恥ずかしがるだけのウブな少女ではない。
わたしは同じように彼の唇を甘噛みし、舐め、自らの舌を、わずかに開いた唇の隙間から差し出した。


じっくりと口づけを堪能した後、唇は離れた。
謙也の唇が、わたしの唾液と吸いつきで赤くいやらしく光っている。
わたしの唇も同じように、そうなのだろう。
謙也はまた、クツクツとおかしそうに笑った。
わたしも同じように笑った。
少しの間会えなかった、それだけで、お互いをこんなに強く求めあってしまったことがおかしかった。


「……で、キスだけ?」
「ほんなら、ウチのお姫さんは何をお望みなんやろなァ」


苦笑しながら、謙也はわたしの膝裏に腕をやり、肩を抱き、ひょいっと簡単に持ち上げた。クスクス笑いながらわたしは、謙也の首に腕を回す。
ベットに一直線に連れて行かれ、ポズッとそこに沈められた。目を開くと謙也がわたしの上に覆いかぶさるように乗る。一瞬で男の目をした謙也に、思わず喉が鳴った。わたしは今からこの男に、新年早々体の隅々まで食らいつくされてしまうのだ、と、あ。


「謙也」
「……?」
「あけまして、おめでとう」
「ああ、おめでとう」
「今年もよろしくね」
「こちらこそ、よろしゅう」


そして謙也はわたしの喉元に噛みついた。

2013/01/03/Web

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