柳くんとお昼休み


4限も終わりお昼休みに入った。授業が4つ続けて座学というのは、体を動かすほうが断然得意なわたしにとって辛い。だからこそこのお昼休みが殊更嬉しくって仕方ない。
勉強道具を引き出しにつっこんで、お母さんが今日もまた作ってくれたお弁当を机の上に広げた。……なんと!今日はわたしの好きなミートボールが入っているではないか!しかも6個も!ひゃっほう!とウキウキでいただきますを始めようとしたそのとき、


「お〜いメシ食おうぜ〜!」


同じクラスの丸井ブン太が小柄な体の割にでっかい弁当を手にぶら下げてやって来て、わたしの前の席にどかどかと座った。


「……………………ちっ」
「……なんでィその態度」
「お前といるとロクなことない。しっしっ」
「てンめぇ〜………」


愛想の良い笑顔でやって来たブン太の顔がたちまち怒りをたたえて奮え始めた。ブン太は短気だ。

こいつにはこんぐらい言っといたほうが丁度いい。

始めは、お昼の誘いを受ける度に丁寧に断ってきたけれど、自分に都合の悪い空気は全力で読まないこの男は聞きいれなどしない。だったら始めから突き放してやったほうがいいということが最近わかってきたのだ。
突き放すのに多少は心が痛み、なかなか辛いものがあるが、なんにせよ、このガム野郎がいると毎回セットで付いてくるやつのほうをいっそう警戒しているわたしにとって、ブン太はいないことに越したことはない。


「まぁまぁいいじゃねェか減るもんじゃねーしよ!」
「…………ほらあっち! あっち甘い匂いのする女の子いっぱい! もしかしてお菓子持ってるかも! ひゅー格好の獲物じゃん! ブン太さん行っちゃってください!」
「おっ、お前の弁当うまそうだないただき」
「……このヤロー無視か! しかも! 返せ! わたしのミートボー」

「ブンちゃーんお昼食べるナリー」

「おーこっちこっち」
「………もー! ほら来ちゃったじゃんかピヨピヨが〜!! ブン太がいると絶対来るんだよ!! お前もしっしっ!!! D組に帰れ!!!」
「……ひどいぜよ…」
「ほんと、おまえ、ひどい」


大概セットでいつもつるんでいるブン太と仁王は、なぜかお昼休みになるとわたしのところでお弁当を食べる。なぜやってくるのか、というとそれはそれぞれのファンであるミーハーな女子たちからの、昼休みの隙を狙ったコテコテのアプローチ(「丸井くん〜一緒にご飯食べな〜い?」「今日お弁当作ってきたの〜仁王くんのために張り切っちゃった!」等)から逃れるためらしい。わたしは彼ら2人に全く気が無いため、また彼ら2人もそれを充分知っているため、わたしは彼らにとって、隠れ蓑にするには都合の良い存在なのだ。まったく、モテ男は苦労が絶えないそうなのである。

けれどもそんなもの知ったことではない。


「ピヨピヨが来ると注目度が何倍にも膨れあがるんだもん。何度も言ってんじゃんか苦手なんだってそういうの」
「モブは無視すればええじゃろ」
「モ…!? モブ?! 仁王サイテー! まあ前から知ってたけども!」


ブン太も仁王も女子に人気があるけれど、ブン太好きの層というのは、ふわふわしてて、小動物が好きそうな、(多分ブン太餌付け用のお菓子を常に携帯しているせいで)甘い匂いのする女子が大体だ。そういう女子は大概が争いを好まない無害な女子ばかりである。

しかし仁王好きの層というのは、化粧が濃いめのイケイケの、トイレで噂話するのだーいすき!なタイプの女子が大半だ。そんな女子達の目の敵になることだけは勘弁したい。いつ目を付けられインネンつけられるかと思うと冷や冷やする。面倒なごたごたに巻き込まれるのは嫌だ、しかもわたしが望んでいない展開で。


「だいたいよォ、この立海大付属高校テニス部でレギュラーはってる、超絶イイ男2人捕まえといてそれねぇんじゃねーの?」
「……誰と誰が?」


答えはわかっているが、一応聴いてみる。


「目の前にいるじゃろーが」


予想通りの答えに言葉もない。堂々と己を指差す男2人に心底呆れた。


「………………………………………………主観で物を語るのはやめてください」
「ちげーしれっきとした事実だし」
「ていうかお前たちそれで超絶イイ男なんて思い上がりも甚だしいわ」
「え?めっちゃイイ男じゃん。な、仁王」
「おまんの目は節穴じゃのー」
「はっ、甘い。甘すぎる。蓮二を前にしてお前ら同じことが言えるっていうの?」
「「言える」ナリ」
「……………カーッ!!もう我慢ならない!!いいこと、よくお聞きエセイケメン共!!」
「エセってなんじゃ」
「蓮二の外部活というのに美しく保たれている陶器のように白い滑らかな肌! 鋭い切れ長の目! さらさらな髪の毛! すらりとしかし実はたくましい肉体! 加えて学力・運動神経において他から突出した能力! そして昔ながらの日本の和の心を忘れないその精神性!」
「なんか語りだしちゃったぜオイ」
「そして蓮二の本当にすごいところは! 落ち着き払ったその外見とは裏腹に、実はその腹に抱えているドス黒い不吉極まりないモノを周りに一切悟らせないようにうまーく立ち回っていると」
「熱弁中悪いが」
「いったああぁあああ!!!!」


いきなり背後から頭をはたかれた衝撃で椅子から転倒した。ブン太と仁王が「ウワッ」と驚きに満ちた声を上げる。上半身を起こし顔を上げるとそこには蓮二がプリントを携えて立っていた。今の会話を聞かれていたと思うと、仕返しがおぞましくて背中がひやりとした。

しかし蓮二は特に気に止めていない様子で、ブン太と仁王に向きを変え、携えていたプリントを手渡して説明を始める。


「丸井、仁王、来週末の練習試合の承諾書だ。今週末までに親御さんの判を貰って提出しろ」
「りょ〜かい」
「了解ナリ」


説明が終わるとまたわたしに向き直り、「いつまで床に座っているんだ」と怪訝な顔をした。お前が恐ろしくて立てなかったんだよ、とは言わず、素直に差し伸べられた手を取り立ち上がった。


「……いつからいたんですか……」
「俺を絶賛し始めるくだりからだな」


嘘偽りを述べたわけではないし心からそう思ったことを話しただけで後ろめたさはないが、何にせよ蓮二のことでこれだけ熱弁を奮ってしまったのは心底恥ずかしい。くっそ、もっと早く声をかけてくれたのなら無駄に恥を欠かずにすんだものの!その上声をかけるのに暴力を使うなんて酷い奴!


「俺を褒めてくれることは嬉しいけれどな。あまり恥ずかしいことを………しかも飯粒をつけたまま喚き散らすな、見っとも無い」
「は? 飯粒? え、どこ」
「これだ」


蓮二はわたしの頬に指先を伸ばし、飯粒を取ると、ぱくりと食べてしまった。横でブン太が「ゲッ」と引いたような声を上げ、ちらちらと蓮二を見ていた女の子たちから「きゃーっ!?」とショックに満ちた声が上がったのが聴こえた。


「じゃあ俺は行く。丸井、仁王、忘れるなよ」


蓮二は何食わぬ顔で教室を去っていき、わたしも平然と次の授業の準備をし始めたものだからか、「お前ら何付き合ってんの」というブン太の引いた声が聞こえた。まさか、そんなわけない。蓮二は世話焼きでちょっぴり怖くてでも優しい、わたしの幼馴染みなのである。

2012/12/01/Web


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