極上を味わう

みんなは弦一郎のことを少し誤解してると思う。

みんなは弦一郎は自分にも他人にも厳しくて堅物でテニス一筋で目付き悪くて3世紀くらい生まれてくる時代間違えてたとかで、まあ、だから恋愛慣れしてなくて、恋愛に関してはかなり不器用に違いないって思ってる。わたしは周囲の大抵の人からそう言われる。「真田くんって奥手でしょ」「手をつなぐのに半年かかるな!」「婚前交渉などたるんどる!って言いそう」。だからみんなは弦一郎のことを少し、いや大分誤解してると思う。



「何をぼうっとしている。危ないだろう」
「……あ」

声をかけられてはっと我に帰る。右手には包丁、左手には玉ねぎ。弦一郎の顔を見ると、訝しげにわたしを見ていた。
わたしは今、弦一郎の家の台所で夕飯の準備をしている。弦一郎は大学の近場のアパートを借りて1人暮らしをしていてそこから大学に通っている。実家から通うには少し遠いのだ。そして、1人暮らしを続けている割に弦一郎は料理はあまり得意じゃないから、たまにわたしを呼んでは料理を作らせる。サークルが終わって帰路につこうとした時に連絡が来て、わたしはそのまま直接アパートに向かって、今。

「ごめんごめん、大丈夫」
「何か手伝うか」
「いいよ、すぐできる」

そうか、と弦一郎はわたしの額に厚いくちびるを乗せて台所から出ていった。……みんなは弦一郎を誤解してる。弦一郎は実はさらりとこういうことをやってのける男なのだ。その不意打ちの行動にわたしはいつもどきどきさせられている。(心臓がもたんわい)





「美味い」
「よかったよかった」
「お前の作るオムライスはほんとうに卵が柔らかくてふわふわしているな。すごいぞ」

美味しそうに食べてくれる弦一郎があるから、わたしは毎回頼まれる度にちゃんと食事を作ってあげるんだと思う。自分の作るものを美味しそうに食べてくれるのは嬉しいし、幸せだ。

「ほんとうにお前は………料理の腕だけは一人前だな」
「………………」
「っぶ、」

わたしが目をギロッと剥いて弦一郎を睨むと、くくくっ、と彼は口に手を当てて声を押し殺して笑った。

「………まあ、何度も言うようだが、俺はその辺からきしだからな。お前がいて助かっているぞ」
「弦一郎と付き合うまで、わたしは弦一郎のこと何でもできるスーパーマンだと思ってた」

成績優秀、スポーツ万能(超熱血)、品行方正(かなりお堅い)、生まれてこの方そのような肩書きを背負わせてもらったことのないわたしにとって、弦一郎はとても高い高い、わたしが触れられないようなところにいる部類の人間だった。

「それはとんだ誤解だな。そういうものとはほぼ無縁で生きてきたから……一人暮らしを始めた時は鍛練だと思って努力はしていたが、俺にも苦手分野はある」
「わたしと付き合うまでコンビニ弁当か外食ばっかだったもんね。わたしがいてよかったね」
「うむ。これからも頼む」

……ちゃかしたつもりがこうも真っ正直に返されると……「どうした?顔が赤いな」お前のせいだよ!!!






「そろそろ帰るね」
「……そうか。送っていこう」
「ありがと」

玄関に向かって靴をはいて弦一郎を待った。ぼんやり玄関まわりを眺めると、物はきちんと整頓してあってちりもほこりもないし、靴もピカピカにしてあるし、弦一郎は料理以外はほんとにしっかりこなす男だ。逆にわたしは中高共に家庭部で蓄積させた料理の腕前だけしか持たない。整理整頓は苦手だし、運動そこそこ、勉強は中の中。けれど、少し前に、わたしが自分のダメダメさについて弦一郎にぐだぐだと漏らしたときに、「お前の欠けた穴は俺が埋める。俺の欠けた穴はお前が埋めてくれ。それでちょうどいいだろう」それからわたしはわたしを誇れるようになった。

感傷に浸っているとそのうち弦一郎がやって来た。弦一郎は部屋着のままだ。「外寒いよー?コートは」弦一郎は何も言わないでぎゅうぎゅうわたしを締め付けるように抱きしめた。「やっぱり、今日は泊まっていけ」弦一郎は耳元で囁いた。わたしの胸をこんなにもしめつける想いも言葉も全部弦一郎がくれる。

「さっき、さんざん睦みあったじゃん」
「たわけ足りんわ」

みんなの知ってる弦一郎も確かに弦一郎だ。だけどそれは一面にすぎない。みんなの知らない、これから先もわたしだけが知っていればいい。弦一郎にキスをしながらそんなことを思った。


2012/02/23/Thu

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