愛と哀

最近日が落ちるのが本当に早くなったのだということさえ、忙しさにかまけて全く気がつかなかった。
久しぶりにこうやって、のんびりと歩いていると、わたしが今まで通り過ぎてきたのもがよくわかる。
子供達が帰ってしまったあとの閑散とした公園とか、通りの電柱の明かりがぽつぽつとつき始める瞬間とか、一番星が光る頃の空の綺麗なグラデーションとか。
そんな毎日の素朴な瞬間を、今こうして三成と感じれることの凡庸な幸せとか。
目の前を長くすうっと伸びる二つの影でさえとんでもなく愛おしく思えるんだかた不思議だよなあ。


「三成!あれ!あれ買ったっけ!」
「醤油はもう買っただろう、その買い物袋を見てみろ」
「えー……ほんとだー、じゃああれは?ほら、」
「レタスは家にあと一玉半あるからまだいい」
「わぉ!すごい三成!」
「冷蔵庫の中身くらい把握していろ」
「いや、あれとかいう指事語でわたしの言いたいことわかってしまう三成がすごいなーと」
「……」
「愛だねえ」
「ばっ……………………いや、うむ…………………だな」


わたしはにんまりと笑って、三成の空いている片手に手をするりとからませた。
三成はぎゅっ、とわたしの手を握ってくれて、わたしはそんな三成の、細くて綺麗で、でも大きい手が大好きなんだよなあ、と暖かく思う。







「今日は豪勢だな」
「なんたって明日は三成殿の出陣日ですからね!精を出しましたー」
「出陣……そんな大事でも」
「三成が長期出張の日はこうするって決めてんの!ほら席ついてー」


ふふん、そうだ、今日の夕飯は少しはりきってみたのだ!(メニューだけじゃなくて、良い肉を使ってみたりとか、国産の野菜を使ってみたりとかもね!)

三成は食が細くて、食べること自体あまり好きではない。
放っておくと、仕事場で何か食べてんのか?いや食べてないだろ!という俄かには信じがたい事態に陥る。
つまり三成は食に執着がない、のだけれど、彼はわたしの料理は何故だか食べたがる。(のろけではない、事実である!)
きっとわたしの三成への愛がなんらかのスパイスとなってこう、いい具合に利いてるんじゃないかとは思う、のよね?
だって三成、贔屓目に見なくても、とても幸せそうなんだから。







三成はきっちり全部食べてくれて、おまけに皿洗いもしてくれた。
わたしは、これは三成、いい主夫になれるんじゃないかなァ、とひとり妄想にふけりながら、ソファからじーっと皿洗いに勤しむ三成を観察していると、視線に気づいた三成が「じろじろ見るなッ」と叫んだ。
むりむり、だってエプロンしてる三成、とてもかわいいもん。
って言ったら、ずんずん近づいてきて、頭ぐりぐりされました。いたたっ。







「次は京都だっけ」
「そうだ」
「大谷先生も元気だね、この前台湾行ったばかりじゃない」
「それに振り回される俺の身にもなってほしいものだ」
「がんばって担当さーん!」


皿洗いを終えた三成がコーヒーを入れてソファに座るわたしの隣に腰を下ろした。
(うん、気が利くいい男です)

三成は、『あの』、デビュー作から現在まで、常に止まることなく文学界に衝撃を与え、快進撃を続ける齢不明の大作家・大谷吉継先生の担当編集者である。

大谷先生はフィクション・ノンフィクションどちらにも手を出しては様々なジャンルに横っ飛びをするので、だいたい毎回、あれよあれよの取材活動に追われるそう。
今回は京都だ。

三成は大谷先生を尊敬して敬愛し続けて、念願の大谷先生付きになれたのだから、口では大分憎まれ口を叩くけれど、とても忙しいはずの担当業務が、たぶん楽しくて、やりがいがあって仕方ないんだと思う。


「そうだ三成、わたし来週から大分なんだ、半月」
「……すれ違いだな、俺は再来週帰る」
「えー!やだ!三成にお帰り言いたかった!」
「やだじゃない」


三成とはこんなのばっかりだ。
わたしの仕事もまあなかなか不定期な出張が多い。
三成のほうは超超超不定期出張なので、不定期同士の仕事の都合が合うわけがない。
わたしが出張に出かけたりすると三成は戻ってくるし、その逆だって多い。
もっと一緒にいたいという想いなんて会社には関係ないもんね。

最近一緒にいられるこの時間はめったにないありがたーいもので、もっとじっくり温めるように大切にしたいというのに、あっという間に二人でいられる時間は終わってしまうのだ。

ふぅ、ため息をついて、三成の肩にもたれた。
軽くすりよせるように身を寄せると、三成はわたしの肩に手を回してぎゅっと引き寄せる。
三成わたし、こうして三成を感じるだけで幸せになれるって知ってる?
どうしようね、二人また離れ離れになったら寂しくて、寂しくて、ダメんなっちゃうかも。お仕事できないかも。ひきこもりになっちゃうかも。


「あっ!でも大分と京都だったらなんかすぐ飛んでいけそーだね!」
「馬鹿者、真面目に仕事をしていろ」
「はーい」
「そしてすぐ、できるだけ早く……戻ってこい」
「……はいっ」
「……っ、にやにやするなっ!」
「はひぃっ!ひょへはむひれすっ」


照れ隠しにしてはえらい力で頬を上下に横に引っ張ってきて実はとても痛いのだが、三成の赤い顔をまだ見ていたいから黙っていよう。
けどちょっとうん、やっぱり、我慢できないわ、痛い。













「みつなりー…………」
「な…………寝言か」
「みつな……さ、……」
「寒いのか?」
「さみし、よ」
「!」


ここはどこだろう。
なにもなくて、なにもきこえなくて、なにもわからない。
頭の中もぼんやりしていて、それでもはっきりと浮かんでくることはただひとつ『さみしい』ということ。
『さみしい』があふれて、あふれて、口から出てきて、目からも出てきて、足先からゆっくりと崩れていって、ぺたんと尻餅をついた。
それでも痛いなんて感じなくて、ただ感じることは『さみしい』だけで、ああここはどこなんだろう。


「さ、みしーよ」
「……俺だって寂しい」


ばかもの、言いたいだけいいおって。
ふと頭上から声がしてそれで、誰かがわたしをぎゅっと抱き締めてきて、それで唇をなぞってキスしてくれて。
もしかして三成なんじゃないかと思ったんだけど、こんなにも今のわたしに都合の良い夢なんて、タイムリーで見ないだろうにと思って、そのときは気づきませんでした。

2011/01/06/Thu

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