ファースト・アタック

抱きしめてほしいの。
その長く逞しい腕に包まれたいの。
力強く、でも、やさしく、抱きしめて、わたしを強く想ってほしいの。
ただそれだけなのに、どうしてこんなにも難しいの。



『そりゃあ、酷なもんだぜ、アイツは色恋の『い』の文字入門から始めなきゃなんねぇような男なんだからな』
「そんなことわかってるわよ、だから、せめて抱きしめてほしいんじゃない」
『馬鹿いえ、手も繋いでこねぇような男が自分から抱き締めてなんかくるか』
「……ですよねぇ」



ああ、憂鬱だなあ。
と思いながらも、ブーツのジッパーを上げアパートを出る。

上記は昨晩における伊達くんとの電話の内容の一部である。
伊達くんは同年代より大人びてしっかりしてて頼りがいのあるナイスガイなので、ついつい相談に乗ってもらってしまう、主に、幸村の。

『あの』幸村と付き合えただけでも奇跡である、大変幸福なことだということを忘れたわけではない。
今までの人生の中で一番、一番幸福なことだと思っている。
そしてわたしは、幸村は硬派でウブで物知らずな奴だということを知っていて、そんなバカみたいにかわいくて、でも真っ直ぐで仕方ない彼を、好きになってしまったのだ、うん、わかっている。


(わかってるけどさ)


抱き締めてくれないあまつさえ手を繋いでもくれない、わたしに触れてくれない。
わたしはあの体温がほしい。
あの体温に包まれたい、安心したい、愛が足りない。

我が侭になるつもりはなかったのだ。
でもしょうがないことだろう、ずっと一緒にいるということは、相手に求めるものが際限なく増えていくものだ。
だからせめて、わたしの欲望が膨れ上がるのを極力抑えて抑えて抑えた結果、ただ抱き締めてほしいという、簡素でわかりやすい願いだけが残った。





「幸村待った?」
「いいや、今来たところだ」


幸村が、長年使用していた剣道の防具の買い替えに行くので一緒に来てほしい、と誘ってきた日はすごくうれしくて喜んだが(幸村からのお誘い自体希少)、だめだ、今のわたしじゃ、ほら、幸村に苛々して、ドキドキして、でも苛々して。
純粋にお出かけを楽しめないもの。


「で、来たところ早速ですまぬのだがな、今日は防具店に行くのは取りやめよう」
「へ?な、」
「政宗殿に、俺に色気というものはないのか、と昨晩助言を頂いてな、改心した。今日は違う所へ行こう。お主にはそのほうがよいだろう?」
「政宗が?え?え、ちょ、わっ、!?」


手をつながれた。
いとも簡単に幸村がわたしの手を引いた。

(えええええええええ!?)

い、いままで、一度もわたしに触れることのなかった、幸村が、どうしてこんな急に容易く、なんで!?
どういうことになっているのがわけがわからず、わたしは前をずんずん歩いていく幸村に半ば引きずられる形で付いていった。
幸村の手はごつごつして大きくて、暖かかった。





「幸村、変なこと聞くけどさ」
「うむ?」
「きょ、今日は本当に、どうしちゃったの?」


終始幸村はわたしの手を離さなかった。
二人で昼食を食べて、水族館に行って、夜景のよく見えるタワーに登って。
その最中でも最低限わたしの手を離さないように、ずっと握っていた。
今だってそう、ぎゅうって握る力は衰えずわたしの手を捉えて離さない。
そして、わたしを見る目が妙に優しくて、幸村を見返せない。
うう、なんだこの苦しさ。
胸がぎゅうぎゅう苦しめられて息ができない。

わたしは触れられることを望んでいたのだ、うれしいのは本当なのだ、でも、どうも腑に落ちない。
この身の変わりようはなんなのだろう。


「……どうしたもないのだ、俺自身、ずっと、こうしていたかったのだ」


幸村はふっ、と微笑んだ。


「……政宗殿が、お前は壊れ物じゃないのだから、大丈夫、だと言った」
「……?」
「俺の力は強くて重いから、細くて小さいお前は受け止め切れないと思っていた、から、我慢していた時も、あったけれど」
「が、まん?」


顔中に熱が集まってくる。
どうしよう、大変だ大変だ、大変だ。緊急事態だ。
幸村も同じことを考えていたのだ、お互い触れ合いたいと思っていたのだ。
でもそれ以上に幸村はわたしのことを考えてくれて、わたしのことを大切に思ってくれて、だからこそ、わたしを大切に扱いすぎたのだ。

なんて愛おしくて仕方ない人なんだろう!
大丈夫、わたしは幸村にこんなにも力強く愛されるなら、もう他になにもいらないよ。


「こうして手を繋いでいても、お前は傷つかない。それ以前に、互いの体温が伝わりあって、今までよりずっとずっと幸せな気持ちになれる。だから、俺はもう大丈夫なのだと知った。俺がどのような想いをぶつけても、お前は、大丈夫であろう?」


幸村のずっとずっと強いわたしへの想いが、わたしの今まで知らなかった「女」の部分をぐっと締め付ける。
どうしよう、幸村が、とてつもなくかっこよくて、とんでもなく、素敵で、愛おしくて、ああ好きだ、好きだ幸村が。大好きだ。

わたしが何も言えずに口をぱくぱくさせていると、幸村はわたしの頬に手を滑らせて、そのまま引き寄せた。
そして初めて二人が重なった。



(……ちょ、っ、幸村!すとっぷっ)
(言ったであろう、俺はもう我慢しない)
(んむっ)
(覚悟するといいぞ)
(だからっ、ストップ、ここ、ちょっと、っ公共スペースうううう!!!!)
(あ)


2010/12/31/Fri

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