卒業(tennis/白石)

今日、この学校を卒業してしまう。あんなに長く長く、永遠に続くかと思われたこの学校で過ごす日々も、今日で終止符を打つことになる。笑うことなどできなかった。卒業式はずっと顔が歪んだままで、俯いたままでどうしようもなかった。わたしには心残りがあった。いえなかったことがあったのだ、彼に。とてもとても言いたくてたまらなくて、でも怖くて言えなくて、ずっと自分のなかでくすぶっていた気持ちがあるのだ。「すき」、という言葉がこれほど重たく辛く甘い言葉だとは知らなかった。

卒業式が終わってしまった。クラスでのホームルームも終わってしまった。だんだんとグループは解散して、人影はどんどん減り、ざわついていた教室もすっかり静まりかえってしまった。わたしはまだ、自分の席から動けずにいる。さっきから何人か先生が見回りに来て、はやく帰れとせかすけれど、わたしにはまだこの学校で成しえていないことがあって、だからそれを成し遂げるまでは帰ってはいけない気がして、でも、卒業式が幕を閉じてから何時間も経つというのに、彼がまだ学校に残っているとも考えられないのだ。わたしは何をしているのだろう。机に額を押し付けた。涙がこぼれた。勇気がない自分がもどかしかった。何も言えなかった自分が憎らしかった。


「蔵」


愛しい彼の名を呼んだ。呼んだだけなのに、甘くで痛い痺れのような電流が体中を走る。くら、くら、くら。優しい彼。賢い彼。他人に厳しくて、だからこそ己には人一倍厳しい、誠実な彼。彼がどれほど異性に人気であるかは知っていた。けれど、彼は何人に告白されても、誰とも付き合わなかったから。どんなに可愛くても優しくても面白くても綺麗でも。だからわたしは安心していた。誰のものにもならないのなら、大丈夫だと。大丈夫?何が?結局今日で、お別れじゃないか。「蔵、好き、だよ」つぶやいた瞬間涙がまたこぼれた。どうして言えなかったんだろう。「蔵……すき」ここに居てくれればいいのに。そしてこの言葉を聞いていてくれたならいいのに。俯いて涙していると、背後から人の気配がした。迫ってくる気配に、先生かと思ったけど、抱きしめられた時点で違うとわかった。友人だと思った。まだ学校に残っていたのか。もうしょうがないから、一緒に帰ろうかと思った。


「……誰?ゆい?あかり?」
「おん、俺もすき」
「……え……」
「俺もすきやで」



わたし、今ならしねる、そう本気で思った、中学最後の早春。




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