私達に降り注ぐ幸福

「…………………だ、れ」
「やっと起きたかあ」


朝おきると視界いっぱいに謙也が広がっていた。カーテンから漏れる微かな光が謙也を照らして眩しい。謙也がさらさら髪が額にかかるところまで近づいて、ちゅ、とフレンチキス。覚醒したばかりの私はこの状況についていけなくて、謙也を力無い腕で押し返し、寝ぼけ目をこすって「けにゃ……?」と一言………………ば、ばかっぽい。ばかっぽいな私……けにゃっておい……どこの萌えキャラだお前は。だけど何も言うことはなく謙也はニコニコと笑っていた。何かあったのだろうか。しかしながら私達は一夜を共にしたわけではないというのに、どうして彼はここにいるのだろうか。


「いつ……はいってきたの」
「今さっき」
「なんかあった……? 今日、学校」
「講義午後からやから、来た」
「……そっか……」
「会いたかってん、あかんかった?」
「そんなこと……いうわけ、ないでしょ……うれしいよ」


あかんのは私のほうだ。こんな、顔も洗ってない、寝癖全開の時にお目にかかられるなんて。謙也と眠りについたことは何回もあるけど、それは私も謙也もお互いに寝起き姿だったし。けど今の謙也はばっちりスタイリングキメてる。贔屓目無しに超、かっこいい。高校で出会ったころにから見てきた、脱色していた彼の髪の毛は今も変わらない。


「俺朝飯食うてないねん」
「……はあ」
「つくってーな」


………………この男から、犬の耳と尻尾が生えてる幻覚が見える。寝起きだからなのか。それとも私が甘やかしているからか。まあ、甘えられるとついつい世話を焼いてしまうのが私の性分だ。もしやこの男、その私の性格まで計算済みじゃなかろうな。掛け布団をのっそりと剥ぎ、ブラシで気休め程度に髪をとかした。鏡を見ると……あ、目の下にクマ……。ほんと謙也は、時と場合を考えて来てほしいもんだ。なんちゅう酷い顔でまあ………………まあ、今更謙也の前でカッコつけることなんかないか。


「卵焼き目玉焼きどっちがいー」
「卵焼きー」
「甘いのしょっぱいのー」
「甘いのー」


なにがそんなに嬉しいのか。謙也はにこにこしながら、私に後ろから抱き着いてきた。ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうされるのは、嫌ではない。むしろ好きだ。謙也の腕に匂いに包まれて、幸せであることこの上ない。肩に乗った謙也の頭を撫でると、より力を込めてぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうとされた。……ちょ、さ、さすがに苦しいんだけど……!


「な、なんか、いいことでも?」
「わかるか!?」
「いやわかるもなにも態度にですぎ……」
「あんな夢にな、ずっと前に夢にな、白石が出てきてん」
「……白石くん、ねえ」
「おん。白石がな、結婚する夢見てん。でな、俺、その結婚式会場で、友人代表のスピーチしとったんや」
「へえ」
「ド緊張で声が震えとる中な、俺はそれでも親友の晴れ舞台のために必死でスピーチをするんや」
「うん」
「……んで目が覚めて。強烈やったから覚えてたんやけど。で昨日これがきてな」


謙也が私の眼前にひらりと封筒が差し出された。謙也の腕がほどけたのと同時に開放された手で封筒を受け取る。宛て名に『忍足謙也様』、差出人に『白石蔵之介・涼子』とあった。連名で。


「ほんとに結婚式……?」
「おん。大学で知り合った井上涼子ちゃん。ええ子やよ」


封筒の中には『私たち入籍しました』から始まる挨拶か書かれた手紙と、結婚式の案内状が入っていた。白石蔵之介(25)涼子(24)だって。うわぁ。白石くんが結婚するなんて。高校で出会った謙也の紹介で知り合った彼だが、それ以来自分の恋愛やら友好関係やら進学やら相談にのってもらって、たくさんお世話になった覚えがある。しかし彼に生涯の伴侶が見つかるとは。彼自身の恋愛遍歴を知っている私にとって少し予想外の出来事だった。(そして今はその恋愛遍歴を語るべき場ではないだろう)


「おまえにも来とると思うで。あの新聞と広告の山んなかにな」
「………あとで捜索します………」
「でな、これみてみ」


謙也宛ての封筒の中にもうひとつ入ってた紙。開くと、白石くんの筆跡だと思われる字で、『謙也にぜひ友人代表のスピーチをしてほしい』とあった。これではまるで。


「正夢じゃん!」
「なーすごいやろー! 俺予知夢見るんやで!」
「とまぁボケはさておき」
「さておくんかい」
「これ、受けるよね?」
「……おん」


謙也は照れ臭そうに嬉しそうに笑った。白石くんはどんな気持ちでこの手紙を書いたんだろう。真っ先にきっと、謙也にやってもらおうと決めたと思うけれど。(謙也が思っている以上に白石くんは謙也がすきだ。)私の背中と謙也の胸板がぴったりくっついて、お腹に腕がまわされる。きっとこうやって温かいんだろうなあ。結婚って。毎朝きっとこうやって愛する人とすごせるんだろう、愛し合うことができるんだろう。いつか私も謙也と……謙也とそうなれたらいいな……なんて……想像するだけですごく幸せだ。


「なーににやにやしてんねん」
「んー? ふふへ」
「変なやつや」
「白石くん、幸せになるといいね」
「……おん、幸せになる、あいつなら」


白石くん達の幸せに合わせて、私と謙也のこの先の幸せが目に浮かぶ。幸せな未来を想像できる。謙也と目が合い、おもむろにキスをした。唇と唇が重なる間に、少しでも隙間を作るのが勿体なく思えた。体を回して、啄んで、重ねて、舌を絡めあった。まるで本能が動かしているようだった。愛し愛されるこの幸せを感じていたいと。やんわりとベットのふちまで動かされ、すとんと押し倒された。唇が離されて、目を開けると、謙也がくしゃくしゃな顔で私を見ていた。


「……け」
「あいしてる」
「……けん…や」
「俺もお前と、ずーっと一緒におりたい」
「……うん」
「あいしてる……」


謙也が覆いかぶさるように倒れてきた。私はそれを短い両腕で受け止めた。私もずっと一緒にいたいよ。あわよくば謙也の朝ごはん毎日作りたいよ。おかえりって毎日言いたいよ。そう言うと、横目でみた謙也は零れそうな涙を堪えていたので、泣き虫、と笑ってやった。

2012/03/01/thu(修正)

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