雨、ときどき天使さん
「何か、レインといると雨が降る確率高いよね」
特に意味はなく呟いてみたのだが、本人は少し気にしてしまったらしい。
彼は一言、申し訳なさそうに“すまん”と口にした。
「いいじゃないか、雨!
俺は大好きだ!」
「ハルヒトさんは傘が好きですからね〜」
私を真ん中に挟むように、右にはレイン、左にはハルヒトさんが並んで歩く。
(ついでに言ってしまうと、ハルヒトさんの横にはずぶ濡れのケロちゃんも同伴中。)
ここにカケルさんがいたら、“天使なんかと仲良くするな!”って罵声が飛んできそうだけど...。
でも今回は、特にレインと待ち合わせをした訳ではない。
ハルヒトさんとケロちゃんの散歩についてきたら、偶然仕事帰りの彼と居合わせたのだ。
「ハルヒトは昔からそうやんな。
ワイの傘も何本パクられたことか」
「それは違うぞ、レイン。
あれは永久に借りてるだけなんだから」
「...“永久に”の時点で完全に借りパクのような...」
レインに言わせれば、“昔から変わっていない”ハルヒト節で会話が弾んできた頃、たまたま通りかかったショーウィンドウでレインが立ち止まる。
「.....あいつ、何しとんのや」
何やら怪訝そうな顔つきで見ているレインに、私とハルヒトさんは顔を見合わせて首を傾げる。
目線を追うと、どうやらショーウィンドウに展示してあるディスプレイではなく、問題はその奥にあるようで...。
「あ!ツバサさん!」
視線の先の彼は、相変わらずキラキラとしたアイドルフェイスでにこやかに笑む。
格好良いような可愛いような容姿の周りには、当然の如くたくさんの女の子達が群がっていた。
「さすがモデルさんですね...」
「おー、ツバサ久々に見たなー」
「え?あ、そうか。
ハルヒトさんは天使時代のお知り合いですもんね」
私達の呑気な会話とは裏腹、レインの眉間のシワが戻ることはない。
「何が天使や。
あんな腹黒い奴のどこが天使やねん。
あんなん悪魔で十分や」
「えー、俺も悪魔なんだけどなあ」
「アホ!お前は悪魔に向いてへん!
さっさと一万人の天ぷら仕上げて戻ってき!」
頭に血が昇っているためか、言葉が少し乱暴なレインにハルヒトさんは目を丸くする。
けれど、元相方である自分の帰りをただひたすらに待っているレインを知っている彼。
ハルヒトさんは複雑そうな顔をした後、少し寂しそうな顔で微笑んだ。
「ま、まぁまぁ!
えーと、ツバサさんはまた何かの撮影みたいですね。
邪魔になるといけませんから、早くここから離れましょうか」
空気が重たくなっていたからという理由もあるが、実はそれだけではない。
「...せやな。
あいつはお前の姿見た瞬間、ハイエナみたいにこっちに寄って来よるからな」
...そうなのだ。
ツバサさんにどうやら気に入られてしまったらしい私は、会うたびに恐ろしい勢いで迫られてしまうのである。
(良かった...。
ここにサトルさんがいなくて本当に良かった...!)
元々天使を良く思っていないサトルさんと、同じく大の悪魔嫌いのツバサさんは犬猿の仲らしい。
今までのツバサさんに纏わる出来事をぐるぐると思い返していると、頭上でハルヒトさんの声が聞こえた。
「そういえば、セイジって何してんの?」
そうだ。
ツバサさんといえば、その相方であるセイジさん。
...とは言っても、私もあまりよくは知らない。
前にカケルさんやシキくんと一緒の時に会ったけれど、ミステリアスでどことなくつかみにくい人だった。
「なんや、ハルヒトまで。
もうあいつらの話はなしや。なし!
...全く、仕事帰りに何でこんな話せなあかんねん」
ぶつくさと文句を言いながら、レインはすたすたと先を歩いていく。
「あ、レイン置いてくなって!
走るぞ、ケロちゃん!」
私は、そう言って走るハルヒトさんの後を追いながら、“天使も色々大変なのね...”と呑気な思考を目巡らせていた。