grow up



「これも買って、これも買った...。
あ。
後はケロちゃんのお皿が欠けてたから、新しいの買わなくちゃ」


小綺麗な字でびっしりと埋め尽くされた買い物メモを片手に、会計を済ませたメグルはデパートの食品売り場で立ち止まった。
買ったものをパンパンに詰め込んだビニール袋からは、大量の食材達が顔を覗かせている。


「みんな沢山食べるから買っても買っても追いつかないんだよね...」


残さず食べてくれるのは嬉しいんだけど、とポツリと零す。
最早ハウスキーパーのような、主婦のような、料理人のような...『悪魔見習い』という言葉は何処へ?といった感じのメグルだが、本人は何だかんだ性格なのか楽しんでやっているようで、小さな愚痴を零しても黙々と家事をこなしていた。

今日の夕飯はカレーと決めていた彼は、普通一般の人間達が食事の準備に取り掛かる時間よりも異常なまでに早く仕度を行う。
カレーは寝かせた方が美味しい、とどこかの本で読んだからだ。
と言っても、1日寝かせるのは菌が発生するためあまり健康に良くない、という事もどこかの料理番組で見た事があるので知っていた。
みんなの健康を気遣いながら献立を決め、更には掃除・洗濯などの家事全般を完璧にこなす。
兄のカケルが、「あいつは料理人にでもなるつもりか」と心配そうに呟くのも分かる気がする。


「うーん、なんか忘れてるような...」


首を傾げて自身で書いたメモに目を落としていると、後ろから柔らかく肩を叩かれる。
振り向くと、そこには悪魔ハウスの紅一点である莢花がニコニコと立っていた。


「あれ!莢花ちゃん今帰り?」

「うん。今日半休なの。
ちょっと食材見てから帰ろうかなって思ってたんだけど、メグル君見つけたから声掛けちゃった」


屈託なく微笑む彼女には、何故か心をほっとさせるような安心感がある。
それは恋愛とか男女間で抱く気持ちではなく、どこか姉のような、まるで昔から知っている友人のような懐かしさを感じさせる気持ちだ。
趣味もよく合うし、歳も近いせいか話しやすい。
...ただ、あまり仲良くしすぎていると悪魔ハウスの面々がすごく五月蝿い。
というか面白がって茶々を入れたり、嫉妬されたり、彼女が天ぷら対象者だった頃は「人間と恋愛など絶対にするな」と釘を刺されたものだ。


「ねぇ、メグル君。
お花、やっぱりあんまり良いの売ってなかった?」


え?と一瞬首を傾げそうになったメグルは、頭の中で引っ掛かっていた何かを思い出す。
そういえば昨夜、彼女に花を飾りたいと言われていた。
この時期はあまり良い種類の花はなく、かといってあったとしても非常に高い。
すっかり忘れていたとは言えず、メグルは微笑みながら「今から見に行こうと思って」と返す。


共に同じデパートの中にある花屋を覗くことになり、訪れてはみたがやはりどれも高く、種類もそれほど豊富ではなかった。


「あ、メグル君。
この花...」


彼女が指差す先には、ほぼ萎れた状態で力の抜けたクリームピンクのバラが一輪寂しそうに残っていた。
その様子を見た年老いた店主がそそくさと店の奥からやってくる。


「ああ、ごめんごめん。
それは売り物にならないやつでね。
忙しくて退かすのを忘れていたよ」


すまないね。ともう一度会釈をしながらバラに手をかけようとする店主に、メグルは少し考えた後口を開く。


「あの、すみません。
これを頂いてもいいですか?」


メグルの隣で目を丸くする莢花だったが、それ以上に驚いたのは店の店主だった。
店主はポケットにしまっていた眼鏡をかけると、数回瞬きをしてメグルを見やる。


「いいけど...そんなに萎れたバラをどうするんだい?
本当に欲しいのなら代金は要らないよ。
元々処分するものだったからね」


店主は萎れたバラを手に取ると、簡易的な包装を施してメグルへと手渡した。




花屋を後にし、次に買わなくてはいけないケルベロス用の皿を求めて、違う階へと移動する。
途中、休憩スペースに差し掛かった瞬間、メグルが辺りを気にしながらふいに立ち止まった。


「?
どうしたの?メグル君」


頭にはてなを浮かべる莢花に対し、メグルはにっこり微笑んで手招く。


「莢花ちゃん、ちょっとその花貸してくれる?」


不思議そうにメグルの元へ進むと、彼は一旦持っていた食材を置き、再び辺りに目を配ると左手の封印の力が込められた黒手袋を外した。
これから何が起こるのか悟った莢花は、少し驚いた表情で微笑む。
メグルは小さくウィンクをすると、萎れたバラを両手で柔らかく包み込んだ。
すると、小さな光と共に見る見るうちに手の中のバラが蘇り、まるで先ほどの状態が嘘のように花開く。


「わ...!
すごく綺麗!!」


数回ほど見たことがある光景だったが、やはり蘇る瞬間の感動は大きい。
莢花は小さく歓声を上げ、蘇ったバラを確認するように覗き込む。


「あんまりこういうことしてると兄さんに怒られちゃうけど...」


たまにはいいよね、と再びにっこり微笑んだ。

この力は破壊するだけの力ではない。
そう教えてくれた人が、見守ってくれている人がいるから。
何も答えなくてもひっそりと、ただひたすらに微笑みかけてくれる花のように。

時間は掛かるかも知れない。
けれど自分がしたことで、誰かが笑顔になれるのなら。


メグルは静かに左手の力をしまい、莢花と共に目的の場所へと歩みを進めた。






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