「私行きましたよ。」
「ならよかった」
GW前最後の土曜日
来週にはきっとみんな旅行に出かけるのであろう、こぞって美容デーと称し美容室やネイルサロン、マツエクに女性は向かう人も多い。
正直しんどい。
この職について、人をきれいにすることは好きだし常連様と話すのも好きだ。
でも、しかし。
「きつかった…ネット予約こわい」
「ですね〜あ、なまえさん、今日彼氏さんこっちにくるって言ってませんでした?」
「来る、迎え来てくれる予定」
「同級生でしたっけ?」
「そ、高校の。お互い関西の出じゃないからってだけで仲良くなった」
いいなぁ、私も出会い欲しいなぁ。と誰もいない店内で声を上げる店舗スタッフに探しに出ろとつたえると店の扉が開いた。
「あ、終わったところ?大丈夫?」
「うん、まって、もう支度終わるから」
「いいよ、ゆっくりで。待ってる」
倫太郎にはありがとうとスタッフには締め作業よろしくお願いと伝えてカバンをとりに休憩室に向かう。
お目当てのカバンを手にして倫太郎と店をでた。
「きょうおつかれじゃん。」
「なんかいつにも増して混んだ。多分来週GWだからさ」
「あー、そっか。ごめん。旅行とか」
「いや、私も行けないよ」
大型連休なんてここ数年とっていない。有休を使ったとしても3連休で終わっている。
たまには海外とか行きたいとも思うけど、個人的には国内旅行が好きで次は北海道に行きたいと考えてる。
もちろん倫太郎と行けたらいいが、彼もバレーボール選手。そうやすやすと旅行にいけるとも限らないのが現実だ。
「お家まで電車長い」
「って言うと思ったから今日車」
「倫太郎さん、さすが…」
よんでいたのか、倫太郎は長野からわざわざ車を出してきてくれたらしい。よっぽど彼の方が疲れていると思ってしまう。
「いいよ、私運転する。」
「なまえは助手席座ってていいよ、運転する」
「突然かっこいいじゃん」
「たまにはね」
試合も滅多に見に行けなくて、会える回数も少なくて本当は倫太郎が本拠地にしている静岡に行けたらといつも考えてしまう。
でも長野で就職先がとか、家がとか、そもそもいやだと言われたらとかを考えて萎縮している。
「いつもこっち来てくれてありがとう。」
「なに急に、俺がしたいからしてんだけど」
「それでも、いつも来てくれるから」
「まぁ、俺のわがままたくさん聞いてもらってるしね」
これくらいは普通にやるよ、と頭を撫でてくれる倫太郎の手は世間一般の男性よりもやはり大きくて、あったかく感じる。この手が昔から大好きでよく握って遊んでいた。
「あ、そうだ」
「え、なに」
「そこ、開けて、俺の財布あるから」
赤信号で車を止めてあと私の自宅に近いいつも車で来た時に使う駐車場まであと数分というところで倫太郎が指を刺すのはグローブボックス。
いつもはダッシュボードやメーター付近に置いてあるはずの財布を中にしまったらしい。たしかに今日は見ないなと思っていたがそこにしまっているとは思わない。
また、面倒なところにと思いつつ開けてみれば
倫太郎の財布と私宛の小さな箱。
「はい財布。と、これなに?」
「開けてみなよ」
財布を渡すと同時に信号は青信号になり、車はすぐ駐車場へと向かう。
先月、倫太郎とのデートで通り過ぎたショーウィンドウで似たような箱をアクセサリーショップでみたな、いやまさかな。と思いつつ箱をあける。
開けてみれば二つの指輪がならんでいる。
「なに?」
「えー、いわなきゃだめ?」
「言ってよわかんない。」
「はは、なまえ付き合う時もそれいってた」
懐かしい、学生の話をひっぱりだされるとは。それでもこれは言葉でききたい。
「ねぇ、倫太郎。」
「はいはい」
急かしていれば近所の駐車場に着いていて、車を止める作業にはいられた。
車を止めきるといつもは余裕すらある顔が少し緊張して固まっているようにさえ見える。
「8年間ずっとそばにいてくれて、応援してくれてありがとう。ずっと俺を好きでいてくれてありがとう」
「わたしも、ずっとなぐさめてくれて、優しくしてくれて、ずっと好きでいてくれてありがとう」
「これからもずっと一緒にいてくれませんか?」
「倫太郎が許すまで、私をそばに置いてやってください」
なんのムードもへったくれもない車の中、記念日でもなければ大安吉日でもないただの土曜日。
いつからこんなことを考えていたかなんて野暮なことは聞いたって彼は教えてくれない。
私はケースの中から倫太郎が取り上げた指輪を左の薬指にされるがままはめるのだ。