学生の時、ヒーローになってから、そして今も、小さな時から隣の家にいた一つ上の彼女は扉を開けて、俺の部屋に入り込み、布団の上に座り俺の頭を自身の太ももの上に置いて、優しい声で俺の名を呼ぶ。
「あー、また寝てないなー?」
「なまえちゃん」
「隈がすごいよ。しょーたくん。ちゃんと寝たの最後いつ?」
「覚えてない」
「だめだよー、ヒーローで先生のしょーたくんはみんなの頼りになる人なんだから倒れたら元も子もないないでしょ。」
まるで姉のようなこの幼馴染は俺をずっと小さな子供のようにあやす。何度も子供ではないと言っているのにこの人は辞めようとはしてくれない。
いい加減そう言った対象で見てほしいと何度思ったことか。
何回か伝えた時に彼女は『ヒーローのしょーたくんを甘やかすのが私の仕事なの』と言っていた。
小さい頃彼女はこの辺では少し有名な可愛い女の子でモデルのスカウトをされ、今ではその手の雑誌の引っ張りだこだ。
「こんなの見られたらまずいんじゃないのか」
「まずくなんてないよー。事務所の人にもイレイザーヘッドは私の大切な人だから抜かれたらそう言ってねって言ってあるし」
「俺の方に飛び火しそうだ」
「大丈夫、私が守るよ」
「それは俺がやるべきことだよ」
えー、なんて言って不満を口にしている彼女のどこまで今の言葉が本気なのか気になってしょうがない。ずっと持つこの拗らせた初恋に俺はいつまですがりついているのだろうか。この甘い関係にいつまで…
「ほら!しょーたくん!難しい顔してないで早く寝て!」
「…わかったよ」
寝返りをし、彼女の腹部側に顔をむけ、抱きしめてしまえば頭を撫でてもらえる。その優しい手にいつも気づけば寝かされている。
今日もいつもと同じように頭を撫で始めて優しくおやすみ。と聞こえてきた。
**
『なまえちゃん』
私のことをそう呼ぶのはお腹に腕を回して寝ているヒーロー、私の幼馴染だ。
小さい頃から私のヒーローで、私が世界で1番大切な人。
「ふふふ、君はいつも無茶をするんだから。」
少しクセのある長い髪を撫でれば小さく寝息が聞こえてくる、生徒を守るために傷ついた三日月の傷にもう見れない右目、皮膚が崩れたという肘、欠損した右足。ボロボロになって世界を救ってくれた。
私とは全くの無縁の世界。それが彼の世界と知っていても私はこの人から離れることだけはできないのだ。ホークスやエンデヴァーともTVでやら雑誌でやら共演したことはあるが、この人はアングラという項目に入るヒーローなものだからそんなものには出てこない。
陰でひっそりいつも守っちゃうのだ。
大好きな私のことを。
「ねぇ、いつになったら教えてくれるのかな、君は。もう結婚適齢期だよー。」
生憎感情の機微に気がつかないような鈍感ではない、この人は小さい頃から私のことが大好きなのだ。でもこの人は気づかないふりをしているのか本当に気がついてないのか。自身のことを私が弟と思っていると思い込んでその言葉を口にしてくれない。
好きでなかったらそもそもここまでして家に通うことも、君のそばにいることも、自身の足を枕にして君を寝かしつけることも全部。
「君が大好きだからしてるんだぞー…」
小声でつぶやく。この人はいつもこれでぐっすりだから聞こえていないはず。私の上で寝はじめておおよそ30分。もうそろそろ起きるかな。
放り投げたケータイを手に写真を撮ってからマネージャーからくる明日の予定を確認する。
モゾモゾと動き始めたしょーたくんはゆっくり目を開けた。
「おはよ、しょーたくん」
「…おはよ、どれくらい寝てた」
「30分くらいだよ。もっと寝ててもいいのに」
「なまえちゃんの足が疲れるだろ」
「大好きなしょーたくんのためなら足なんて疲れないよ」
「…からかうな」
からかってなんていないよ。本当だよ。
むくりと起き上がって彼は仕事に戻ろうとするために。私をまずは送るのだろう。ずっと待ってるその一言を聞くために来ているというのにこの人は一歩も踏み出してくれない。
「しょーたくん」
「なん…」
名前を呼び、くん、としょーたくんの服の袖を引っ張ってこちらに倒す。
ちゅっと響くリップ音。
目の前には顔が真っ赤なしょーたくん。
あぁ、なんて愛おしい。
「もう、待ってなんてあげないよ」
「なまえちゃん?」
しょーたくんは私の上に倒れ込んでいる状態で困惑している。
普段だったら何してるんだ。の一言でも飛んでくるだろうにきっと私からのキスで頭がいっぱいでそれどころじゃない。
「ねぇ、しょーたくん。そろそろ教えてくれる?」
「何を…」
何をなんて、この流れから一つしかないだろうに、夢かなんかだとか思っているのかこの子は。
素早くしょーたくんの首に腕を回す。
「しょーたくん」
「え、おい」
「好きだよ」
困惑するしょーたくんからもう一度唇を奪う。
ちくちく刺さる髭がくすぐったい。
君からの返事はもう知ってるけど、好きと先に私が伝えたから、付き合ってくださいの言葉は君からほしいな。