空は相も変わらず高い。時折北風が足元を攫い、襟を喉元に引き寄せながら鬼灯は小さくため息をこぼす。

ジト目で白澤の方を睨んでやれば何をトチ狂ったかにっこりとした締りの無い笑顔。これが吉兆の印と名高い神獣様だと言うならば、神様とやらは相当な変質者か愉快犯であろう。

「そういえば貴方なんでここに居るんですか」
「今さら!?あー…うん。シロちゃんに門の近くで会ってね、お前が今日は現世の視察だって言うからからかいに」

頭の脳細胞が死滅しているとしか思えない反応に金棒を投げておく。うおう!暴力反対!!だなんて叫びが聞こえた気がするが気にしない。こんな神のはしくれ願い下げだ。さっきの神聖さとか侘しさとかかえしてくれ。

「神獣様だとおっしゃるのならば、一度空から降りてくるとかしたらどうです」

鬼灯は天を指差し不満を述べる。何が不満なのか自分でも判別が付かないのだが。
ただ、こんなに高い空なのだ。いっそラピュタみたいに降りてきたって良いだろうに。まだジブリネタひっぱるのかよと呆れ顔で述べてくる白澤には苛立ちが尽きないが。煩い変な所で正論吐くな毛根でも死滅していろ。

「大体それじゃあ、UMA扱いになっちゃうよ僕。それに僕等が居るのは概念上の天と地であって本当に空と地下に居る訳じゃないでしょう」
「そりゃあ、そうですけれど。いいじゃないですかツチノコ、ネッシー。貴方と比べるのが可哀そうなくらい可愛いですよ。めっちゃ頬ずりしたいくらい」
「僕は未確認生物じゃない」
「似たような物でしょう神獣なんて」

悪魔と神の存在証明はできないんですよ。それならUMAも神獣も同じでしょう。
そう言えば、そしたらお前の存在もUMAじゃないか。なんですか人を幽霊みたいに不愉快です。
売り言葉に買い言葉の応酬は尽きる事を知らない。白澤は常より呆れを多く含んだ顔を歪め、やっぱりお前はとは一生分かり合えないだの何だの一人で喚く。そうして暫く頭を抱えていたのがが、ぽんっと何かを思い付きでもしたのか今度は何時も以上に気味の悪いにやけ顔。百面相だって真っ青な顔芸とも言うべき表情の切り替えをやってのける。

「何、空から来てかっさらってでも欲しかったわけ」
「馬鹿おっしゃい。この唐変木。貴方の耳は飾りですか」

そうして想いもつかない突拍子も無い事をほざいてみせる。困惑に次ぐ困惑。大きく手を広げて見せた手の内には遥か高く地面に居るものには絶対に手が届かないであろうちっぽけで大きな空。
きっと、この空は時間など関係なしにそこにただ有るがままなのだろう。悠々自適に。まるでこの男のようだと鬼灯は想う。

「別に。空が、あんまりにも高かったので私まで夢想してしまっただけですよ」

遙か高く天空に神々の城はあると言う。神話の御代はとうに過ぎたと言うのにも関わらず。
人は手が届かない空に諦めを知る。そのあまりの高さに憂いを知るのだ。そしてその屈折した思いを地の底にうずめ夢を見る。いつか、だなんて呪詛を吐きながら。

だがどうだろう。望む空が手の届く所に在ると言うのに手が届かない矛盾と言うのは。甘美な地獄だと人の詩人は呟くとでも言うのか。―――冗談ではない。こんなのはただの生殺しだ。
いっそこの男が神と呼ばれようとも脆弱で脆かったら良かった物を。そうすれば手の中で飼うという夢想が出来たと言うのに。

鬼灯は眉間の皺を深め空を睨みつける。白澤はそんな鬼灯を知ってか知らずか蛇のよむにするりと腕を絡めると、人が悪い嫌らしい笑みで笑う。

「生憎僕は二本の足があるからね。お前が空でも飛べるようになるって言うなら別だけれど、それまでは地面を歩いて会いに来るつもりだよ」
「皮肉ですか」
「ん、ただの自己満足」

眉を一層しかめる鬼灯に、白澤はケラケラと笑い飛ばす。まるで何でも無い事のように。

「空には手が届かなくとも、隣り合っていれば僕くらいならば手も届くだろうにね」

それに気付かず手を伸ばさない奴は馬鹿だね。僕なら迷わず手を伸ばすよ。その手にぶん投げられようともね。
そう言って女たらしな笑みを乗せる神の端くれは、絡めた腕を自分の方へと引き込み鬼神などと呼ばれるものを抱きしめる。
誰とも知らぬ空の下。真冬の人の世で抱擁を交わす鬼神と神獣。笑える程に馬鹿らしいのに、心の霧は見る見るうちに霧散していく。これを、これが導き出す解を滑稽と言わずに何と言おうか。

「やっぱり貴方、馬鹿ですね」

空は相変わらずの高さを維持してそのままにそこにある。静は決して動に姿を変えずそこにあるのであろう。決して逃げる事も無く。今日も明日もその先も。

「言われなくとも、私の元へ胸ぐらつかんで引きずり下ろして差し上げますよ」
「やれるものなら」





手の内に収まった空は、真昼の月の色をしていた。


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