初めは髪のひと房だった。
墨染の衣より尚暗い深い夜を映した綺麗な御髪。



次の日には爪だった。
几帳面にも切りそろえられた小さな小さな桜貝。



三日目は指が届いた。
蝋紙に包まれたソレは作り物かと見まごうほど。
断面図を覗き込むまで僕も本物だと信じられなかった。けれどしっとりとした重さと吸いつくような肌触りは瑞々しく、砂糖菓子とはまた違うなんとも言えない甘さを感じた。口に含んでしまいたかったけれど、汚す気にもなれなくて仕方なく絹の布に包み直してポッケットに入れる。その指には爪が無かった。



四日目に彼に会いに行った。
いつも通り煩雑な戸棚の間をすり抜け寝所の脇に立てば、何で来たんですかこのすっとこどっこいと常と変わりもしない憎まれ口。寝起き特有の不機嫌さも相まってその顔色はいつもより白く気だるそうではあったが、それを抜きさえすれば本当にいつも通りの彼だった。
下らない話といくつかの憎まれ口を叩いてから部屋を後にする。部屋を出る間際に、その目が僕と似てるって言われるのはこれ以上ないほど癪に障るけれど、単品としてお前の顔し収まっている分には悪くないねと言ってやれば視線の先にはいやな顔。そうですか、そうですかそれは愉快な法螺話ですね。なんてこれ以上無いくらいの真顔で。真顔でいやな顔って言うのはどんな顔面の筋肉構造してんだといいたくなったがそこは我慢。
その言葉を背中で聞きながら僕は今度こそ彼の部屋を出る。そういえば彼の部屋には不釣り合いな真白い包帯が机の上に居座って居たのを思い出し幸福な気持で自室まで戻った。その夜は雨だった。



五日目は杉の箱。
中身は見るまでも無い。ころころと転がる黒は鈴の音にも似て、誰にも見つからない戸棚の奥そっと仕舞い込んだ。地の底で黒いカラスが乱心したと馴染みの女の子達が騒いでいた。



六日目には彼自身。
今時、遊女だってもう少し穏便だよと言ってやれば、そう仕向けたのは誰ですかと言い返される。そう言われてしまえばぐうの音も無い。
時刻は丁度夕暮れ時、彼そ誰刻。朧に沈む輪郭の底で黒が影法師を食べて嗤う。



「次は何でしょうか。必要と有らばこの命、差し上げるのもやぶかさではありませんよ」




―――欲しいと言ったからくれたのだ。綺麗だといったからくれたのだ。
―――欲されたから上げたのだ。慈しまれたからあげたいと思ったのだ。



その声はもう届かない。

「それは、要らないよ」

その声はもう、意味が無い。







七日目には何も無い。
真っ青な空の下、朱と黒の着物だけが寂しく風に揺れるばかりだった。





そこにはもう、誰もいない。










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