抱けばなまえを傷つける。
 博士は何を意図してこのようなフォルムにしたのだろうか、たいへんに不合理だと俺は思う。

「なまえ、危ない」
「慣れているので大丈夫です」

 ぎゅう、と正面から俺を抱きしめるその腕が、肩の刃に触れやしないかと冷や冷やする。
 行き場をなくした腕が宙を彷徨う。その光景が、以前不注意でなまえを傷付けてしまったことを思い起こさせた。

 人間は不便な生き物だ。神経回路を遮断することも、傷ついた皮膚を張替えることもできない。だが、自然治癒力――俺たちには存在しない、未知の力を有している。
「直す」のではなく「治る」、内から働くその力にある種の畏怖さえ覚える。あのとき俺(の装甲)がなまえにつけた傷は、うっすらと傷跡を残しただけでほとんど消えてしまった。

「なまえ、『ヤマアラシのジレンマ』という言葉を知っているか」
「……フロイト?」
「そう、ショーペンハウエルの寓話を元にフロイトが考えた話だ」
 二匹のヤマアラシが暖をとろうと近づくけれど、そうするとお互いの針が相手に刺さってしまう。しかし離れてしまうと寒くなる。
 そうして近づいたり離れたりを繰り返すうちに、お互いの適切な距離を見つけるのだ。

「そしてこの例えは、片方だけがヤマアラシという考え方もできる」
「はい」
「俺となまえに当て嵌めてみれば、俺がヤマアラシだ」
「なるほど、私はメタルに近づきすぎると傷つくんですね」
「俺は、なまえに近づきたい、だけど近づきすぎて傷つけたくないという思考がはたらく」
「私は、メタルに近づきたい、だけど近づきすぎて傷つきたくないという思考がはたらくはず」
「……はず?」
「ええ、実際のところ『傷つきたくない』なんて全く思わないので」

 私にとってはこれが適切な距離なんですよ。
 そう言って、目の前の少女は俺の身体に腕を回したまま屈託なく笑う。

「寒さで凍え死ぬくらいなら、傷ついてでも暖まりたいです」
「俺はなまえを暖められるだろうか」
「もちろん」


抱きしめる
(20100705)



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