狂言心中


【狂言】
1. 能楽の番組の間に演ずる古典的な喜劇。能狂言。 「ー師」
2. 歌舞伎(かぶき)芝居の出し物。 「顔見せー」
3. たわむれに言う言葉。道理に合わない言葉。
4. 仕組んで偽ること。うそ。






 何とも非常に厄介なことに。僕の恋人には狂言自殺をする癖がある。何か月かに一回、当然のように。ふらりと姿を消しては、僕に「死にます。さようなら。」とメールを送り付けて、僕らが同棲しているマンションの屋上に登る。

 僕が屋上に駆け付けると、あいつはにこりと笑って「迎えに来てくれたんだ。」と言い、「死にます」と自殺宣言を送り付けてくれたあのメールなんて、まるでなかったかのように、「帰ろっか。」と柵を乗り越えて、こちらに戻ってくる。
 あぁ、こいつは死ぬ気なんてない。そう気づいたのは3回目あたりから。それでも、僕は毎回あいつを迎えに行く。本当に死なれたら困るから。




 ほら、今日もまたメールが届いた。
「いままでありがとう。今日こそ、私はこの世界に別れを告げます。」

 そう言って、あんたは何度死のうとしたのかな。今日もきっと死ねないんだろうね。

 あんたは風の強いあの屋上で、遺書を書いて、靴を脱いで、柵を乗り越えて、そしてただ呆然と立ち尽くす。いつものことだ。なんどやったってあいつには狂言自殺しかできない。僕はそれを知っている。弱虫なあいつは、そこら辺の自殺志願者がやるような、ありふれた自傷行為すらまともにできないんだから。
 それでも毎回律義に迎えに行く自分自身も馬鹿らしい。何度も何度も自殺してやる、というあいつには、何の目的もなくて、ただ死にます、と嘘の宣言を繰り返しているだけだ。それに付き合って毎回、僕も「死なないで」と投げかける。予定調和のくだらない茶番だ。



「迎えに来たよ。」
「ありがとう。」

 あいつは風になびく髪を抑え、立ちづらそうにそこにいた。毎度の見慣れた光景。すべて狂言。死ぬなんて嘘だ。死にたいなんて嘘だ。だからこいつはこうやって、いつも通りここで、僕の迎えを待っている。


「ねぇ。お前はいつ死ぬの?」
「死ねないんだよ。一人じゃさ。だから、一緒に死んでちょうだい。」
「いいよ、お前の好きにしなよ。」

 だから、これもきっと狂言だ。





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