短編 - asteroid | ナノ

銀河鉄道の夜・鳥を捕る人



 あの乳白色の丘は、生命の安息地なのだろうか。

 ぴかっ、と窓の外が白く光り、その丘は姿を現した。黒洞々とした宇宙(そら)にかつて輝いていた光が、その瞬きのうちにすべて集められてできたのかもしれない――そんな創世の光景さえ浮かぶほど、美しい土地だ。
 車窓越しに現れたその景色を、自分は見たことがない。けれども言い知れない懐かしさが胸の内から膨らんでくる。
 あの大地で眠りに就けたら、どれだけ心地よいのだろう。他には何もいらなくなって、すべての記憶があの場所へ還っていくに違いない。

 その煌めく奇跡の上を、鳥捕りは蹂躙していた。
 枯葉のようなコートを揺らし、煤けた黒いブーツで踏みしめて、緩やかな勾配を我が物顔で歩いていく。天辺に到達すると、鳥捕りは継ぎ接ぎのある使い古した麻袋を地面に下ろし、闇がひしめく空を見上げた。それから、まるで早朝の澄んだ空を抱きとめるかのように、両手を広げ、大きく息を吸い込む。
 彼は何を待っているのだろう――そう疑問に思っていると、遠く彼方から、無数の光が何かの合図を示すかのように、ちかちかと見え始めた。
 光の粒は次第に大きさを増していく。やがて、それは鳥捕りの方へと飛来している“生物”なのだと気付いた。

 光を湛える、鷺の群れだ。

 鋭く伸びる嘴を携え、細く長い足を宙に浮かし、自由を掴む翼で空を切り。
 その躰には一寸の隙もなく生命が宿り、全身を巡っている。
 けれども先程自分が口にしたあの鷺は、紛れもなくただの菓子だった。生物だった名残は何もなく、さも初めから食物として生まれていたかのように、あの麻袋の中に仕舞われていたのである。袋の中の鷺には、“生”の裏側にこびりついているはずの“死”という概念が、ぽっかりと抜け落ちていた。
 そんな姿を見た後だからか、今空を飛ぶあの生きた鷺たちの方が、自分の目には新鮮に映った。

 一方の鳥捕りはその身をぐっと縮めながら、己の方に向かってくる鷺の群れをじっと見つめている。
 そして一匹の鷺が真上に差し掛かったとき――彼は一気に身体を伸ばし、鷺の細い足に掴みかかった。
 力む鳥捕りの足が、地面に大きく沈み込む。掴まれた鷺は慌ただしく藻掻く。けれども鳴き声はほとんどせず、古い車輪がゆっくりと回るような音が、慎ましやかに鳴るだけだった。

 しかし、彼らの取っ組み合いより、目を奪われる光景が周囲に広がっていた。
 同じく鳥捕りの上空を飛んでいた他の鷺たちが、次々に地へと堕ちているのである。
 ぱさり、ぱさり、と堕ちた鷺たちは、瞬く間に乳白色へ溶け込んでいく。淡い光を湛える鷺が、濃い光を湛える大地へ沈むその様は、天から降り注いだものが、天へと落ちていくようだった。後には何も残らない。はじめから何もなかったと錯覚させるほど、後味がなかった。


 やがて鳥捕りと鷺の勝敗が決した。
 力に押し負けた鷺を、鳥捕りは好機とばかりに麻袋の中へ押し込む。すると途端に、見覚えのない青い光が、袋の中からぱあっと溢れ出した。
 まったく未知の光だ――あれは一体、何の光なのだ。
 それを皮切りに、鳥捕りは次々と鷺を乱獲する。他の鷺たちも、変わらず続々と地へ消えていく。
 よくよく見ると、堕ちる鷺たちも、消えゆく寸前にぼんやりと青い光を放っていた。
 暴れる鷺を袋へ押し込む。また、青い光だ。沈む鳥捕りの足元を見る。あの丘にも、青い光は宿っていた。
 ふと、捕らえられた鷺の姿が袋の中から覗く。
 その鷺は、車内で見たあの菓子の鷺と同じ姿をしていた。寸前までの躍動感は見る影もなく、ちいさな瞼はぴたりと閉じられ、美しい両翼はもう開くことはない。
 それを見て、ようやく気付いた。
 あの夏空を掻き抱いたかのような青の光は、“生”という概念の持つ神秘の輝きなのだと。

 鷺たちは引っ切り無しに飛来する。続けざまに地へと溶けゆく。大粒の雪のように、際限なく降り注ぐ。
 ああ――あらゆる光が集まってできたあの乳白色の丘は、間違いなく生命の安息地なのだ。


 光たちに囲まれた鳥捕りは、それらすべてを胸に受けるかのように両手を広げる。
 やがてわあっと一声を上げて、耀く寝床へと身を投げ出し、眠るように静かに消えていった。







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