好きも嫌いも全部ばれてる
私は、彼が好きだ。
どうしようもないくらい好きだ。
いや、好きじゃない。
愛しているんだ。
その艶やかな黒髪。
力を入れると折れてしまいそうな手首。
いつでも歪んでいる口許。
日に当たっていないかのような白い肌。
青空が話しかけてきたかのような声。
そして――全てを透かす、紅い瞳と。
全部、彼の全てが、愛おしい。肉体から細胞の一つまで、全てを愛し尽くす。
愛している。彼を、誰よりも、誰よりも。誰よりも誰よりも、世界中・・いや宇宙中の誰よりも、彼を愛している。
もちろん、彼の"信者"ではない。
ただ私は、純粋に彼を愛しているだけだ。
それでも、私の重い想いは、彼に届くことはなかった。
私は彼と言葉を交わしたことがない。
それどころか、彼は私の事を見たことすらないだろう。知りもしないだろう。
ならば。
私が彼の事をもっと知っていけばいい。
もちろん、彼の事は知っている。否、彼の事は知りすぎている。
彼が今日、朝起きた時間から、就寝中何回寝返りを打ったか・・何から何まで。
もちろん、彼自身の事だって知っている。
でも、きっと彼の事で知らないことがまだたくさんあるはずだ。
彼の内部。これからそれを理解していけると思うと、言葉にできない感情と感覚を感じた。
だから私は、今日も彼をつける。
4.好きも嫌いも全部ばれてる
「待ちやがれ、臨也あああああ!!」
「待ちやがれって言われて、素直に待つ馬鹿がいると思ってるの?シーズちゃん!」
今日も池袋の街では、壮絶な鬼ごっこが二人きりで行なわれていた。
(静雄からすれば)頻繁に池袋に出没する臨也を、鬼のような形相で静雄がものすごいスピードで追いかけている。ただ、これは池袋ではいつもの事であるから、街の人は『またやってるよあいつら』ぐらいにしか物事を捉えてはいなかった。そして、次第に静雄の手によって街が破壊されていく。標識は引っこ抜かれ、そこらへんの公共物は全て投げられてバラバラになり――とても見ていられる状況ではないだろう。しかし巻き込まれるのはゴメンだと、誰も引き止めることはなかった。
そう、これは日常だ。池袋という街と、臨也と静雄。そして、ある少女の日常である。
「あーあ・・こんなに公共物壊しちゃって、弁償しろーって言われても俺知らないよ?ぜーんぶシズちゃんがやったことだし。まぁ、俺はシズちゃんがどうなろうと知ったことじゃないけどね」
臨也は静雄から逃げながら、振り返ってそう捲し立てた。その様子に静雄はイラっときたが、すごく正論なため言い返せない。それがまた臨也の思う壺だと思うと、さらにイライラが募った。ギリギリと握り締めた拳は、爪が食い込んで出血しそうな勢いである。
「シズちゃんがすぐキレてお構いなしに投げつけちゃうからこうなるんだよ?もっとカルシウム摂った方が身のためだよー」
『あ、もう十分摂ってるのかな?まあいいや。それじゃ』、と言って静雄に軽く手を振り、臨也は池袋の街を足早に後にしていった。
静雄が振り返る頃には、臨也はもうそこにはいなかった。静雄はあからさまに舌打ちして、手に持っていた標識にありったけの怒りをぶつけた。大きな音を立てて宙に舞ったそれは、元の形がもはやわからないほどまでに変形してしまっていた。静雄はそれを見たくなくて、そのまま放置してその場を後にした。
そして臨也が逃げ去った後――小さく影が動いたのには、誰も気付きはしなかった。
「あー・・本当、いい加減シズちゃんから解放されたいな・・・早く死んでくれないかなあ」
静雄から逃げ切った臨也は、新宿への帰り道を一人歩いていた。通りには人もまばらで、臨也の発言に思わず臨也の方を振り向いた人も居たが、臨也は別に気に留めることはなく、そのまま新宿へと歩を進める。
そして小さな影も、それに続いて歩を進める。ゆっくりと、気付かれないように。それに臨也は気付いていないのか―はたまた、既に気付いているのか。臨也はそれに対して何も思わぬまま、歩を進めていった。
「俺だって毎回殺しにかかってるのに・・やっぱ、あんな化け物には勝てないな」
自嘲気味に笑いながら、臨也はそう言った。新宿へ歩を進めている臨也を、やっぱり一人の影が見つめている。やっぱり、彼はそれについて何も言わない。私の事は、やっぱり見ていないんだ。気付いていないんだ。
影はそう思って、がっくりと肩を落とした。
と。
不意に。臨也が後ろを振り返った。
くるり、とその漆黒の髪を靡かせて、紅い瞳をこちらへと向けた。こちらと言っても後ろの事であり、決して私の方は見てはいない。ドキっとしたが、そのまま彼の後ろに居ることにした。
気付いてなんかない、私を見ることなどない。知ることもない。そう思っていた矢先に、その言葉は投げかけられた。
「・・・あのさぁー、俺が気付かないとでも思ったの?舐められたもんだよね、俺も」
――っ!
ばれた。何もかも、ばれていたんだ。気付かなかったフリをしていただけだったんだと、だんだんと混乱してきた頭で考えていた。やがて、ぐるぐると視界が歪んでくる。頭は既に不安と期待と彼への愛でいっぱいだ。
「酷い臆病者だねえ君も。俺に愛を伝えたいなら、面と向かって言えばいいじゃない。君の愛もその程度なのかな?」
――それまで分かっていたのか。
それを、何も言わずに。長い間ずっとずっと――――
ああ、そうか。
私が彼を観察していたのではない。
彼が、私を観察していたのだ。
なんだ、私はずっと彼に見られていたのではないか。
嬉しい。たとえそれが恋愛感情でなくとも、この上ないほどに嬉しかった。
「・・・ありがとう、ございます」
「君に感謝されることなんてやってないけど」
「あなたからしたらそうかもしれません。私は、すごく嬉しくて感謝しています」
私は、初めて純粋に笑った。まだ彼の前に姿を現していないので、その姿は彼からは見えないのだが。
嬉しさに包まれたかのように、体中が火照っている。
「ふーん、そっか」
彼は特に興味がないようにそう言って、また新宿へ向けて歩を進めていく。
それを見て私は、ゆっくりと彼の後ろへと移動した。
微笑みを浮かべて彼を見守るように、彼の後を今日もつけていった。
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随分前に書いた・・ストーカーもの、また書きたいなあ。
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