倉庫 - asteroid | ナノ

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炎は水にかき消される。

それは当然のことであり、どんな馬鹿にでも分かる事実である。
しかし、炎が一帯を支配してもそれ相応の水をかけてしまえば炎は消えてしまう。だが、水が暴走し洪水になったとしても、炎ではどうにもならない。
結局、炎というものはそういうものだ。
誇りに思うと同等に自己嫌悪に陥る。
だから、いつまで経っても敵わないままなんだ。




「あいつが倒れた?」

飛び跳ねるように元気だった太陽はすっかり眠りにつき、代わりに月が静かにぼんやりと地面を照らしている。そんな夜に、突然ボルカノの弟子が、ウンディーネの元を訪れてきた。
息を切らし、切羽詰ったような表情で部屋へと駆け込んできた弟子に面食らったが、その理由はすぐに分かった。
ボルカノが倒れたらしい。
大方睡眠不足だろう。研究バカだから、寝るのも惜しんで作業し続けて2日寝ていない、なんてことは珍しくない。
自分より研究の方が重要だという、良く言えば仕事熱心な性格。しかしそれは、自己管理がしっかり出来ていないといけないものだ。けれどもこいつはそれが出来ていない。
だから今回は、それが原因なのだろうと決め込んでいた。

「どうせ寝てないんでしょう。寝れば治るんじゃないの?」
「それがそうじゃないんです。ボルカノ様は昨日睡眠は取られましたし。
 何だか熱があるみたいで」

決め込んでいたのだが、どうやら外れのようだ。
彼は朱鳥術を扱うとはいえ、体温は常人並みである。ただ熱を少々放っているので近くにいると暑いらしいが。というより、全体の色からして暑い。
だとすると、風邪の類だろうか。

「何となく事情は分かったわ。で、何で私なのか教えてもらえるかしら」

近くには医者だっている。自分が出向く意味などないはずだ。
何故自分が、というよりは、ただあまり顔を合わせたくないからなのだが。

「・・・あなたの方がいいと思いまして。とにかく至急なんです。お願いできませんか?」

質問に答えられてない気がするが、とりあえず了承して、あいつの館へと足を運ぶことに。
・・・足取りは重たかった。





さほど時間はかからず到着し、あいつが引き篭っている部屋へと急ぐ。階段は使わなくても構わないので一瞬なのだが。
ワープ装置を使い、あいつの部屋へと辿り着く。扉を開いた・・と思ったら、ゴツンと何かにぶつかって完全に開こうとしない。
しばらく弟子が疑問を表情に浮かべゴンゴンと扉を開け閉めしていたのだが、途中で何かに気づいたらしく顔を真っ青にした。

「! も、申し訳ございません・・!」

唐突に、何者かに謝りだした。何かと思いながらふと下に視線をずらすと、そこには見覚えのある真っ赤な物体・・もとい人間。
・・扉の開閉を遮っていたのは、ボルカノだった。
一歩間違えば死体に見えるであろう、本当にごろりと転がっていたものだから声を上げそうになる。しかし顔が赤く、息苦しいような表情を浮かべていたので、生きているのだと認識した。
状況が全く把握できなかったが、一先ず先に開く限りのドアの隙間からボルカノを転がし扉から距離を置き、それから二人係で抱えてベッドへと安置させる。二人係だからかもしれないが、あいつの身体はやけに軽いように感じた。
ようやく一息をつく。
真っ赤なジャケット脱がし、ウンディーネがボルカノの額にぴたりと手を当てた。確かに通常より高めだと思える体温が、皮膚を通じて脳へと伝わってくる。自分の額と比べても違いは明らかだ。

(あるわね、熱。あとは本人が起きてから聞き出さないと)

未だ幼さの残る寝顔を見ながら、ウンディーネは何故か心の底からじわじわと湧きあがっている焦燥感に駆られていた。どうしてか、何が原因なのか。きっと今は分からない。
やがて喉が乾いてきた頃に、ボルカノはゆっくりと目を覚ましていた。身を起こそうとしていたが、すぐ重力に負けてベッドへと引き返してしまっている。
自分の隣に居たウンディーネをぼんやりと見つめ、それから時間差で驚いていた。

「お前・・何でここに・・」
「あなたの弟子に頼まれたから来たのだけれど。不満かしら?」
「・・・・」

寝起きでぼーっとしているのか、それともウンディーネが来たことが本当に不満なのか、ボルカノは口を開かない。
目を伏せて、考えているような仕草。それは、ウンディーネが訪れると大抵している、学者の表情だ。
と、ボルカノが突然のそのそと身体を起こしだした。ベッドから降りようとしていたので、ウンディーネが慌ててそれを制止する。

「ちょっと!あなた、自分が置かれている状況を分かってるの?」
「・・まだ、第1段階の・・ままなんだ・・」

尚も起きようとしているボルカノの額に、びしっとウンディーネは指を突き立てる。

「いい加減にしてちょうだい。あなたが突然倒れて、弟子が皆、あなたの事を心配しているのよ。
それを知っていて、余計にその負担を増やすつもり?私だって――」

そこまで言ってからハッとして、ウンディーネが口篭った。
多分、きっと今のが先程の答えなのだろう。しかし、決して公言できるような答えではない。今の私では、恐らく。
外では、ざあざあと雨の音が聞こえてきていた。いつの間に降ってきていたのだろうか。

「・・とにかく、しばらく安静にしてなさい」

次何かしたら雷飛ばすわよ、と脅しという枷を付けて、ウンディーネはそろそろ出来たと思われる食事を取りに、一階へと向かっていった。
パタン、とドアを閉まる音が背後から聞こえた。
雨音の所為か、それともウンディーネの所為なのか、ボルカノの頭は氷漬けにされたかのように急速に冷やされていた。
彼女の言葉の意味。それを奥歯で噛み締めた瞬間に、一気に脳が覚醒していったのだ。

彼女自体が、まるで水のようだと、何度思ったことか。
静かに流れ、時には激流になり、氾濫する。やわらかに降り注ぎ包み込んで、時には身体を痛みを伴うほど打ちつけられる。
鏡のような水面は人々を癒やし、荒れ狂った波は人々を飲み込んでいく。水滴は光と共に、空に架かる鮮やかな橋を作り上げる。
普段は癒しの効果を持つが、少し狂えば猛威を振るう。
ウンディーネも、そんな存在なのだ。
自分と対を成す存在の彼女が、とても輝かしく見えていた。

雨音がより激しく鳴り響き、ボルカノは視線を窓へと向ける。きっと外は曇っているだろう。
彼女の叫びと自身の叫びが、雨によって双方の心に響いていく。
ボルカノは雲の上を想像して、ぼんやり熱を含んだまま呟いた。

「星は見えないな」




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モウゼス組。ボルカノさんはすぐ体調とか崩しそうです。
多分両方とも同じようなこと考えてるんじゃないかと。この二人も大好きです。





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