一夜が明けました

 レッドに出会った日から二日後。つまり今日。洞窟内にテントというシュールなサバイバル生活三日目の朝が訪れた。
 そして今日が、グリーンさんと対面する日になるらしい。

 近状報告をすると、まず毛布で敷き詰められたテント内が圧巻だった。果たしてグリーンさんとやらは何回登山を繰り返したんだろう。テレポート運送とか可能なのかな。とりあえずよほどの世話好きとみた。寝袋に潜り込んで毛布の山に埋もれる俺たちも大概だ。
 食事は全てインスタント。片付けは湯を沸かして済ませる。熱湯殺菌、有効です。たぶん。ただしポケモンフーズは知り合いが好意で作ってくれたものらしいが、タケシかどうかは謎だ。
 そして、レッドのポケモンを観察する機会も少なくない。むしろ彼は常時ポケモンにしか関心がない。らしい。ピカチュウを筆頭に、初代御三家の第二進化形とラプラス、そしてカビゴンと、屈強な面子が名を連ねている。ポケモンにご執心なのは構わないが、食事くらい忘れないでほしい。
 そして、昨日。
 俺は小さな迷子を保護した。



 洞窟内の夜明けは整然としている。鳥の鳴き声なんか聞こえやしない。たまに朝露の落ちる水音が鼓膜を濡らすくらいだ。

 翌日、ヒメグマはまだ俺の腕の中でおとなしくしていた。目を覚ましたヒメグマに朝の挨拶をしてみる。目元がとろんとした小動物は非常にかわいらしい。ヒメグマは船を漕ぎながらも円らな眼で瞬いた。
 環境的に人間慣れなんかしていないはずだけど、この子はポケモンフーズなんかを手渡しで食べる。健康的で結構だが野生としては危険ラインじゃなかろうか。
 あとヒメグマは「ヒメヒメ」と鳴く。なにこれかわいい。姫と呼んだ直後に「そのヒメグマは雄」と突っ込まれてしまったがそんなの気にしない。かわいいから良しとしよう。なんかかわいいしか言ってなくないか俺。

「姫ー、温いなお前。おかげで寒くなかったぞ。もふもふ最高」
「ヒメ?」
「なぁ、この子の親ってどこらへんにいるかわかる?」
「リングマの生息地は山の麓。この辺りではあまり見ない」

 麓ねえ。その前にここは何合目なんだ。
 ヒメグマの額、三日月模様のあたりに頬を寄せる。寒さを凌ぐ毛皮は、雪のためか少しごわついていた。
 それにしても、怖いくらい大人しい。普通は引っ掛かれないものだろうか。野生なのに母を探す素振りも見せない。とことん俺のじゃれ合いに付き合ってくれる。そんな違和感も、純真な双眸で見つめられたら形無しだが。
 この子の親はどうしたんだろう。何となしにレッドを一瞥すると、斜め45度の方面から話が飛び出した。

「『ゲット』、しないんだな」
「ゲットって、……ああ、そうか」

 ここは『そういう』世界なんだ。
 今更認識して、妙にわだかまりが残る。

「しないよ。親とはぐれただけかもしれないし、一人じゃ面倒みきれないから」

 まあそもそもボールを持ってないと、肩をすくめて見せる。あと他に言いようがない。
 昔、親に頼み込んでハムスターを飼ったことがあるのを思い出した。小柄なジャンガリアンハムスター。でもあの時は下調べもあまりしてなくて、そのうち親に任せっきりにしてしまって、結局あの子は冬の寒さで死んでしまった。墓前で泣きじゃくった俺は身勝手で理不尽だったよな。その上生き物と触れ合うのが怖くなったなんて、なんてわがままだろう。
 言葉が通じるのは人間だけだから、世界に生きるのは人間だけじゃないってこと、俺たちはよく忘れてるんだ。


 音を取り上げた暗がりに、横槍を入れる吐息があった。疲労を滲ませたテノールが深く息をつき、無言で視線を投げやるレッド、それから固まる俺を射抜く。

「おーい……って、レッド、誰だそいつ」

 深緑の瞳が不審を語っていた。






'091114



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