ジョウトに来ました

「――何だよ」
『あ、グリーン。俺だよ、トキ。レッドのポケギア借りてるんだけど、今いい?』
「ああ、トキか。どうした?」
『明日レッドと一緒に出発することになったから、報せとこうと思ってさ』
「ああそ、



 ……は? レッドと?」

『俺も行く、って。……俺は助かるけど、なんか申し訳ないな』
「…………まぁ、レッドはともかく、精々道中気をつけろよ。お前はバトル挑まれたら一堪りもないだろ。心身共にひょろいし」
『うるさいぞサボり魔』

 相手の少年をからかってやると、電話機から妙に晴れやかな笑い声がした。悪態まで吐くあたり、少しは打ち解けてきたのだろうか。トキからの電話を切り、すぐ別の人物にコールする。小生意気な男の弟に。

 トキと接した時間はほんの数日、時間に換算すると一日にもならない。どうしてかレッドとシロガネ山にいて、ポケモン――例えばポッポやコラッタにも目を皿にする。そして、トキは気づいていないだろうが、あのヒメグマは少し珍しいのだ。普通は額を覆う三日月が胸元にある。ジョウトでは例の事件の後処理も未だごたついてるし、妙な輩に巻き込まれなければいいけどな。

 ああ、それにしても、何よりレッドが。

「……ま、悪いやつじゃないってことか」

 あいつの軸は三年前と変わらない。変わったのは背丈と顔立ちと声。独特の雰囲気をそのままに、ぼんやりとした目を瞬かせて「……ああ、グリーン。久しぶり」なんか言われた日には一発ゴッドバード食らわせてやろうかと思った。……やり返されたけど!
 レッドの世界はポケモンが中心で、強くなる過程にバトルがある。純粋に貪欲に強さを求めて突き進んだあいつの興味が今、個人に向けられている。
 ……なんつーか。今の状態は、あれだ。未練がましく追いかけてるガキみたいだ。
 あいつの母親は、そうね、と嬉しそうだったけれど。

『――はい、ヒビキです。お久しぶりですね、グリーンさん』
「よう。さっそくだけど、ゴールドのやつから話は聞いてるな?」
『あ、はい。
 ……グリーンさん、何か笑ってます?』

 ああ、悪い。でもな、これが笑わずにいられないだろ。少なくとも他にとるべきリアクションが見つからない。
 こぼれた笑みはひどく苦かった。改めるが、俺はあいつの世話係になった覚えはない。これを機にあいつの情緒が発達すればいいが。
 ……ああ、そうだな。帰ってきたら、あいつに一つ聞いてやろう。返事ははなっから期待してないけど、望んだのは一方的だったのかって。




―――




 意外にも、ジョウト訪問はレッドにとっても初体験だったようだ。(山に籠るくらい)行動派だし、てっきり足を伸ばしてるもんだと思ってたけど。
 ポケモン協会のトレーナー規定とやらで、バッチを持たない地方では『そらをとぶ』が使えないそうだ。なんか面倒だな。とはいえ、だから俺も空旅から逃れることができたんだけど。

 カントーを出てから、もう二日になる。オーキド博士やレッドのお母さん、ナナミさんに声をかけ、初めて姫と一緒にカントーを出た。
 クチバシティまではリザードンに抱えられ(逃走に失敗した)、アサギシティ行きの船に乗船。アサギシティからモーモー牧場を経由して、心行くまで観光気分を味わいながらジョウトの国道を辿る。
 片手間に買ったモーモーミルク美味かった。ちなみにレッドはオレンジュースとかいうのを飲んでた。オレンジとは掠りもしない色の。一応美味かったそうだ。

 ……うっわぁ、心置無く旅行楽しんでるなぁ俺ら。というか主に俺。緊張感とか不安とか欠片もなかったぞ。年甲斐もなく浮かれまくった俺のせいだけど。まぁそんな過程を通ったわけで。

「うわ、すっげ……」
「…………」

 エンジュシティに着きました。



 印象強いのは、まず壮観な景色だった。なんだあの色濃い紅葉。修学旅行で行った京都を思い出した。名所近辺は景観を大事にしているそうで、古風な造りの建物が観光客の目を吸い寄せている。
 道なりに辿り着いたスズの塔そばで、ふとポケモンセンターを見ていないことに気付く。あの目立つ赤い屋根を探してはいたが、こうも見当たらないなんてなぁ。この辺りじゃないのかも。
 カントーを出て二日、ゴールド達に会った日からは四日も経ってる。これ以上待たせたくないし、早くヒビキ君に会わなくちゃな。
 きょろきょろと好奇心をうずかせる姫の手を引っ張って、近くにいた観光客らしき青年に声をかける。金髪が目立つマフラーを巻いた青年だった。

「すみません。ポケモンセンターってどっちにありますか?」
「ポケモンセンターなら、ここから南に向かったところだよ。丁度僕も行くところだから、よかったら案内しようか」
「じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」

 構わないよ、こちらこそよろしく。そう、マフラーのお兄さんは静かに笑った。




―――




 それから彼は『マツバ』と名乗った。
 彼は地元の人間で、よくスズの塔には来るらしい。焼けた塔や舞子さんの踊りも有名だよ。マツバさんから豊富に出てくる名所情報を種に、話を弾ませながらP.C.へ向かう。

「二人とも、観光は初めて?」
「はい。すごいっすね、エンジュも」
「歴史に名高い建造物が多いからね。とても一日じゃ回りきれないよ」

 なんか不思議な雰囲気を纏ってるけど、いい人だなマツバさん。ふとマツバさんがレッドに目を向けたけれど、特に会話をするでもなく前を向いた。

「マツバさん?」
「着いたよ」
「え? でも赤く、……あ」
「景観のために規制をされているのは、ポケモンセンターも同じだからね」

 マツバさんの言葉通りだ。ポケモンセンター独特の鮮やかな朱色が、ここでは周りに溶け込む茶色になっている。トレーナーが苦い顔をする「分かりにくい」という点は、案内板や指標の数で対応してるそうだ。へぇ、

「じゃあもしかし」

「――マツバさん!」



 うわぁ何だこのデジャヴ。



 ぐわりと前頭葉を揺さぶられた。トーンと声に頭が反応する。
 この声って……。

「ゴールド?」
「え? ……あ、もしかしてトキさんですか?」

 駆け寄ってきた少年に頷きながら、遠く離れたグリーンを思い出した。今頃暇を持て余してそうだな。

 グリーンの話と寸分違わず、彼――ヒビキ君はゴールドと瓜二つだった。
 顔立ちはもちろん、好みが共通なのか服装まで似通っている。ただしヒビキ君の瞳は焦げ茶色で、ゴールドの方がつり目がち。口が絞られた黒のズボンだからか、口調も合わせてヒビキ君は大人しい印象に収まる。彼は足元にヒノアラシ(レッドに聞いた)を連れていた。

 マツバさんとヒビキ君はどうやら顔馴染みの様で、マツバさんに会釈をし、ヒビキ君は俺とレッドに挨拶した。特にレッドと会えて嬉しいという。ゴールドから何度も興奮気味に報告を受けていたそうだ。
 コトネちゃんも元気そうだったよ、ヒビキ君。そう伝えると、そうですか、よかった、とヒビキ君は照れくさそうに笑う。青春してるなぁこの子達。

「ヒビキ君の知り合いだったのか」
「お互い会うのは初めてなんですけど、ヒビキ君にアルフの遺跡を案内してもらうことになってて」
「アルフの遺跡といえば、最近アンノーンがよく出現しているそうだね。君も噂を聞いてきたのかな?」
「まあ、そんなところです」

 一朝一夕には事情説明もできないし、必要もないと判断して曖昧にぼかした。
 俺としては、むしろこの二人の接点が気になる。ヒビキ君はトレーナーだし、となるとマツバさんもだろうか。

 ヒビキ君といくらか言葉を交わしたあと、マツバさんはP.C.に行ってしまった。その影が色濃いのに気付いて、ようやく夕暮れ時に差し掛かったことを知る。
 橙と藍の裾野に目を呉れる。いつの間にか隣にレッドが佇んでいて、なんとなく「きれいだな」と笑みがこぼれた。

「もうじき日も暮れますし、遺跡は明日にしましょうか」
「そうしてくれると助かるよ。遅くなってごめんな、ヒビキ君」
「大丈夫です。ゴールドから話を聞いて、ずっと会うのが楽しみだったんですよ、僕」

 コトネちゃん達みたいにバッチも集めてないから、シロガネ山にもついていけなくて。そう少年らしくはにかんでみせるヒビキ君。大変微笑ましいじゃないか……ん? 今のはのろけられたのか?

 ヒビキ君の引率に従い、三人ともP.C.の個室に収まる。マツバさんの姿はなかった。おかしいな、すれ違った覚えはないんだけど。ヒビキ君はジョーイさんにボールを渡しながら苦笑する。
 ヒノアラシが帽子にしがみついていて、離すのに苦戦しているらしい。すると何故か姫まで甘えてきた。爪が太ももにくい込んでなかなかに痛い。

「マツバさんなら、多分ジムに戻ったんだと思います」
「ジムトレーナーだったのか、マツバさんって」
「えぇ、まぁ。……マツバさんは強いですよ。ゴールドも負けましたし」
「それって、」

「ジムリーダーなんですよ、マツバさん」

 俺が言葉を返す前に、ヒビキ君はジョーイさんと信頼する仲間達を送り出す。ヒノアラシが寂しそうに鳴いていた。








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