積もる話というやつでした

 マサラ帰着後、一旦荷を下ろしてから博士を尋ねた。足元が覚束なくて何度もレッドにぶつかりながら。……情けない。
 遺跡の話に、博士は神妙に頷いた。古代の遺跡には未知の領域がある。現在の技術で解明できないならば、知られざる領域から手がかりが見つかることも有り得るだろうと。

「ジョウトの博士に、わしから連絡をとってみよう。今日はゆっくり休むといい」

 朗らかな笑顔で頭を撫でられた。俺は孫ですかオーキド博士。おじいちゃんって呼びたくなったのは秘密だ。きっと呼んでも怒られはしないだろうけど。

 レッドは荷物を片付けに帰っていった。ナナミさんはお出掛けのようで、お邪魔しますと静かなリビングにこぼし、階段を上がる。ナナミさんは勧めてくれるけど、流石にただいま、とは言えない。

 一番手前の扉を開けると、何だか無性に懐かしい顔があった。

「グリーン!」
「よお。元気そうだな」

 ベッドに腰かけたグリーンと、若草色のカーペットで丸くなるブラッキー。最後に会ったのは二日前だけど、……というかどうしてここにいるんだジムリーダー。よくジムを抜け出してジムトレーナーを困らせるというのは本当らしい。原因の一人はもう下山しているけど。ナナミさん呆れてるぞ。

 まあ聞けよと着席を促されたので、まあとりあえずクッションの上に乗っかった。すぐに嬉しそうな姫が腹部に突撃してくる。うわぁ、とグリーンの声がする。
 ……うん、ちょっと死ぬかと思った。

「ついさっき、ゴールドの奴から連絡があったぜ。遺跡の話も聞いた。近々ジョウトに来るのなら、ヒビキが遺跡の案内をしてもいいと言ってる」
「ヒビキって、ゴールドの弟の?」
「ああ。しばらくはエンジュシティに留まってるから、着いたらポケモンセンターを訪ねてほしいってよ」
「わかった、ありがと。ゴールドも行動早いなぁ。……にしても、あの子の弟か。なんか会うの楽しみだな、賑やかそうで」
「あいつら顔はそっくりだから、すぐに分かるさ」

 グリーン曰く、彼らは服の好みも似通っているらしい。ヒビキ君は大人しくて、世話焼きというか心配性。しかし兄弟揃って癖が強く、食えない奴らだとグリーンは顔を渋くした。なんだろう、所謂腹黒ってやつだろうか。グリーンと兄弟の仲も気になるけど聞くのは野暮だろう。

 グリーンがベッドから下りてきた。そのままブラッキーの傍らに腰を下ろす。
 ……うん。近くで見ると、やっぱレッドといいグリーンといい、どうしてこうも顔が整ってるんだか。今更だけど。そういやナナミさんにゴールド、コトネ、あと例の赤い髪をした少年だってそうだ。最近美形(もしくは将来有望株)遭遇率が高すぎないか俺。

「それを伝えに来てくれたのか? それにしたって電話とかさ」
「ポケモンド素人の奴がブリーダーに志願したってんで、ついでに一つ引っ掛かれてないか様子見にきてやったんだよ」

 ……うん、ようやくグリーンの性格が掴めてきたぞ、俺は。嫌味に気付かないふりをして、爽やかな笑顔を振りまいてやる。

「はは、そりゃどーも。指導者がいい人だから、勉強にも精が出るよ」
「当然だな。……と、これで表向きの用は済んだわけだ」
「表向きってなん、――――わっ!?」


 何のことだ、と。


 美形がひっくり返ったと直後、右側面が床と衝突した。そしてなぜか呼吸が苦しくて視界が歪む。 ああそうだ、反射的に姫を抱き込んで、姫の頭と爪が腹部に食い込んだせいだ。姫がやたらごつい悲鳴を上げた。

 ――いきなりクッション引き抜きやがった、こいつ! あああびっくりした目が回る!

「げほっ、えほっ……な、なっ……!」
「……わり、まさかそう綺麗に転ぶとは」

 ちょ、ぽかんと感心すんな実行犯笑われるより地味に痛いぞこれ……!

「グリーン、何だよいきなり! 驚く間もなかったぞ今っ」
「悪かったって。お前が部屋に馴染みすぎてたから思わず。ま、とりあえず準備しろよ、トキ」
「は?」

「レッドの家行くぞ」

 もう脈絡がなさすぎると思う。




―――




 顧みればこの数日間、レッドとは時間を共有することが多かった。
 本人が不快そうな言動を見せないのをいいことに、散策について回りバトルを眺め部屋で寛がせてもらった。おかげでコラッタやポッポを間近で見れたし、容赦しない猛攻には圧倒され、少しくたびれたポケモンの写真集(旅立つ前によく眺めていたらしい)なんかも面白かった。
 ページを捲る度に解説から写真まで穴があくほど睨み付ける年上を見て、十四歳がどう感じたか定かでない。ガン見されていたのに気づいたころにはもうページも中盤だった。……声くらいかけてくれればいいのにな。無言の抗議だったらどうしよう。
 ああ、あとポケモンは結構生々しい。アニメに夢を見ちゃいけないぞこれは。しみじみ思う。現実はそう甘くないらしい。



「入るぞ、レッド」
「お邪魔します」

 肩の痛みが退くのを待つ俺を他所に、グリーンは悠々と用意を整えていた。引きずられていった先のレッド宅でもお母様からにこやかに出迎えられる。
 事態の把握ができないままにレッドの部屋を訪れれば、ジャケット無しの黒いシャツ姿で、部屋の主が顔を上げた。

 いつも被っている帽子は机の上で待機。ピカチュウがレッドの隣で丸まっている。木漏れ日の落ちるベッドの寝心地は、さぞかし気持ち良いだろう。
 小さな相棒を一撫でして、レッドは床に足を下ろした。グリーンに続いて俺もカーペットに座り込む。

「……で、何だよグリーン。用件と、さっきの暴挙の理由」
「いや、トキに聞きたいことがあるんだよ。あとさっきの悪戯とこいつの家に来た理由は特にない」

 ないのか!

「(もうつっこまねぇ……!)聞きたいこと?」
「お前、ポケモンが存在しない世界から来たんだろ。なら、どうしてポケモンを知って」
「存在しないって、何」
「なんだよレッド。初耳か?」

 レッドが割り込み、グリーンは意外そうに瞬いた。二組の自然を一手に受けてからようやく、レッドが下山したのは話を打ち明けた後だと思い出し、慌てて口を開く。

「ごめん、レッド。すっかり忘れてた……。あの時は博士とグリーンしかいなかったよな」
「……いいけど」

 どういうこと、と目で探られる。この赤い目を向けられるとどうも弱るな。……え、と。あー……そう聞かれても、まあそのまんまなわけで。

 ポケットモンスター。縮めてポケモン。電子の世界にしかいない生き物。
 ……ゲームやアニメ、所謂二次元の世界だとは言えない、よな。そんなこと。

「元いた場所については言葉のまんま。ポケモンはいないし、あと地名も違う。ちなみに俺は、この世界でいうホウエン地方の生まれだよ」
「地形は同じなのか?」「見た感じ、列島だけなら同じだと思う」
「…………」
「えっと……あとは、そうだな。あっちの世界には、こっちを覗ける媒介があるんだ。とはいえ一方通行だし、世界を渡るなんてのも、もっての他だけど」

 我ながら、苦しいアドリブだ。いっそよく出来たと誉めてやりたい。
 でも俺に、俺の真実を明かす度胸はない。俺の目の前にいるのは人間で、今膝に抱き抱えているのも、確かな生命だ。創作された二次元の世界だなんて言えるわけがない。否定する必要もないだろうし。

「……はー。何にしろ、想像できそうにないな」

 やがてグリーンは肩をすくめた。天井を睨み付け、すぐに小さく頭を振る。
 レッドは無言でピカチュウを掬い上げて、その背に手を滑らせながら、いつものように俺を見ていた。
 そりゃ、あって当然の何かが欠けた世界なんて、そうイメージできるもんじゃない。マサラ生まれの二人を見て、俺は思わず苦笑した。苦しくはなかったけれど。

 ポケモンと密接に関わり、文明を発展させてきたこの世界では、ポケモンがいなければ世界の成り立ちさえ歪んでしまう。逆もまた同様に。
 俺はトリップを果たしたから、このギャップを埋めようとした。でも二人は俺のいた世界を知らない。想像もできなければ、触れて知ることもない。わかり合えなければ受容もされない差異が壁になる。
 それが少しもどかしいのも事実だ。カルチャーショックに似ている。それに、ポケモンとの信頼関係が強い彼らなら、想像もしたくない世界じゃないかって。
 ……一方的なのはどうも堪える。
 そう思った時もありました、と。

「結果的に、役得ってやつかとも思うんだよ、少しは。貴重な体験だし、出会う人にも恵まれたし」

 初めはとにかく不思議で変で、価値観や感覚的に馴染めない世界だった。言葉の通じないポケモン達と心を通わせる人間達。生き物を閉じ込める道具。治療する高度な技術、の割りには過度な開発はされていない町。リーグ協会の存在。ああ、バトルなんていい例だ。ポケモン達には人間を遥かに凌ぐ力がある。なのに彼らは人間と歩む道を選び、ここまできた。
 いきなりの空想上じゃないリアルな世界で、本当に短い期間だで、わかんないことだらけで。――トリップ先の環境に恵まれて、帰る希望があるからこそ落ち着いて話せるんだけど。

「よかったよ、この世界に来れて。飛ばされてなかったなら、レッドやグリーン達、それに姫にも会えなかったんだよな」

 考えてることを、話したり、言葉にするのは大切なことだと思った。音にしてみれば、すとんすとんと整理されていく。

 元々の無頓着な性格が高じてか、出来る限り前向きに状況を捉えられるようになってきた。過ぎた憶測はしない。難しく考えるのは苦手だ。もしアンノーンが外れでも、来る方法があるなら、帰る方法だってあるはず。
 帰れればそれに越したことはない。もし違えば、そうだな。折角ブリーダーになったんだ、旅をしながら手がかりを探そう。血縁もない家庭に負担をかけるのはおかしいし、抵抗がある。

 そして、帰ったら。
 俺はまだ十八で、やるべきことなんかたくさんある。せめてそれに打ち込もう。記憶は自分の中に留めて、俺も、レッドやグリーンも、みんなそれぞれの道を行く。本来の生活に戻っていく。寂しくない、なんてことはない。一期一会でも感情はついて回る。

「記憶を完全に保管する方法ってねーかなぁ」
「無理だろ」
「わかってるって」

 手の温もりとか、不適な笑みとか、一時の幸せとか。空の青さ、きれいな毛並み、町の色。異種族との共存風景。
 記憶はやがて薄れていくものだけど、この体験や出会いは忘れたくないと願った。



―――



 レッドのお母さんに夕食を勧められたのはそのすぐ後で、ナナミさんや博士も招いた大所帯になった。まあ六人だけど。賑やかな食卓っていいもんだよな。華もあるし。
 それからグリーンはやはりジムから呼び出しをくらい、こんな時間に非常識だと理不尽な文句を垂れながらピジョットの背に乗った。ははは、いい気味だ。不意打ちの恨みは根深いぞ。ナナミさんの隣でにこやかに見送ってやったら、さも不機嫌そうに顔をしかめていた。

 そして夜の帳が下りた今、俺は赤いカーペットの上に敷かれた布団へ転がっている。姫は一足先に満腹感で寝てしまった。寝顔超かわいいな。

「トキ」

 傍のベッドから声が落ちてくる。決して幽霊とかゴースト系ではない。
 うつ伏せで肘をつき、ベッドの上からこちらを見下ろす深紅の瞳があった。月明かりで顔立ちの良さをこれでもかと顕示する。成り行きとノリと気分でレッド宅への宿泊が決まり、今晩はレッドの部屋にお邪魔しているわけだ。

 夜中の闇に合わせるように、レッドの声は低くて静かだ。静寂に溶け込むそれは子守唄のような錯覚さえして、俺は寝惚け眼を擦る、それから「なに」、と応じた。

「ジョウト、行くんだっけ」
「うん、たぶん。……いつかは決まってないけど、早いうちがいいよな。ヒビキ君って子が待ってくれてるらしいし」
「……俺も行く」
「レッドも?」

 驚きを隠せなくて思わずレッドを見上げた。レッドと視線が交わったから、聞き間違えてはいないらしい。
 期待していなかったといえば嘘になるけど、願ってもない申し出だった。姫と一緒とはいえ一人旅は不安でしかない。食事とか夜営とか、あとポケモン連れてるからってバトルを仕掛けられちゃたまらない。

「いいのか? ジョウトって遠いし、初心者だからすっごい迷惑かけてイライラさせ」
「初心者を一人で行かせるほうが危ない。予備知識すらないとか、無謀すぎ」
「……ですよね!」

 発言を遮られた上にざっくり言われてちょっとへこんだ。いやまあ正論ごもっともなんだけど!
 レッドには本当に助けてもらってる。だからこれ以上頼るのには気後れしてたけど、でもこの好意は受け取らなきゃ失礼なんだろう。心配は素直に嬉しい。

「ありがとな、レッド。よろしく」
「……ん」
「じゃ、おやすみ」
「……おやすみ」

 ピカチュウも一鳴きして、それっきり会話はなかった。腕の中の温もりに身を寄せる。睡魔に意識を委ねながら、ぼんやりとホーホーの鳴き声を聞いた。






'100114



back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -