進展がありました

 買い物は無事に終えた。主婦を侮るべからずだ。なるほど、メモに無駄な買い物はない。荷を担ぐ格好すら様になってるあたり、レッドも流石トレーナーだと思う。旅は大変だろうにな。
 後輩たちは、デパートの出入口で俺たちを待っていた。不敵な笑みに高揚を滲ませて、ゴールドがボールを掲げる。レッドが金を見て、ゴールドが赤を見返す。
 またこの目だ。貪欲な光。ピカチュウがレッドの肩に飛び乗る。きっとこれは予定調和で、なら俺が起こすべき行動は決まっているはずで。

「レッド、荷物は預かるから」
「…………」
「噴水広場あたりで、コトネさんと待ってるよ」

 二袋は思ったより重い。へらりと気の抜けた笑みを向ければ、ありがとうとお礼をもらう。相変わらずの無表情で。



 よくよくグリーンの話をなぞると、ゴールドだって驚くべき経歴の持ち主だ。
 まずはレッドたちに続く最年少リーグチャンピオン。更に最近、シロガネ山でレッドに勝ったとも聞く。俺はバトル経験者じゃないからその凄みもしっくりこないけど、相当の努力無しでは成し得ないはずだ。もしかすると、普段はへらへらしてても内面とはかなりのギャップがあるのかも……なんて、勘繰りすぎかな。そもそも外見と中身はあまり直結しないものだ。
 ゴールドは二ヶ所の地方でジムを制覇した。リーグの頂点を倒した。少し前、生きる伝説に辛くも勝利を納めた。そして、まだその先にも手を伸ばしている。

 手持ちぶさただからか、ふと、レッドはどうだろうと考えた。
 少年はシロガネ山にこもっていた。初対面では、ただトレーナーかと聞かれた。俺が下山するときも、下りる気は毛頭なさそうだった。
 そして突然、彼の故郷にふらりと帰ってきた。久方の敗北をして。泣きじゃくるヒメグマを連れて。
 不思議に思う。バトルがしたいなら、どうして旅を止めて山にこもったんだろう。確かに辿り着くのは屈強揃いだろうけど、その一握りだって、あんな辺境にはなかなかこない。野生と誰かの手持ちとじゃ、バトルの感覚も違うんじゃないか。ブランクが空くばかりじゃないか。
 水飛沫が頬にかかって、俺は考えるのを止めた。俺じゃ明確な答えは出せない。他人に聞かされた程度じゃ生きる伝説とかよくわかんないし。
 俺がレッドに抱くイメージといえば、彼は感情表現が貧相な14才の男で、ポケモンとバトルに大好き以上の思いを注ぐ少年というくらいだ。





「レッドと面識があるってことは、コトネもリーグチャンピオンなのか」
「わたしはバッチを八個持ってるだけで、リーグには挑戦したことないんです」
「それもそうできることじゃないだろ。どうして挑戦しないんだ?」
「えっと……バトルも楽しいんですけど、わたしはもっとたくさんのポケモンと出会いたいんです」

 だからクリスさんをすごく尊敬してます。あ、やっぱりレッドさんには勝てませんでしたけど。そう、コトネは嬉しそうに語る。俺は先に敬語を外させてもらった。
 何度か名前が上がっている、クリスという女の子。コトネ達の幼なじみで、ポケモン図鑑の完成を目指しているらしい。ポケモンはそれぞれ生息地が異なって、石の作用とやらでの進化や、卵の孵化が必要な種もいるという。しかしながら、彼女はジョウト・カントー地方に生息するポケモンのデータを恐ろしい勢いで埋めたそうだ。

「その子もレッドと面識あるのか?」
「たぶん、会ったことはないと思います。クリスさんの目的はデータ収集だから」

 シロガネ山にしか生息しないポケモンがいたなら話は別なんだろう。目的が無ければ誰も好き好んで登山はしない。
 彼女は今、ホウエン地方で躍進しているらしい。新種のデータがぽんぽん転送されてきたら、オーキド博士もびっくりだろうな。下手したら、研究所にいる博士より現地で活躍する彼女の方が詳しかったり、

 …………して?

「そうだ! あのさ、コトネはアンノーンってポケモンを知らないかな?」
「アンノーン?」

 突然声のトーンを上げた俺に、きょとんと復唱するコトネ。カバンにはトレーナー必携のポケナビが吊ってある。
 そうだ、そうだよ。コトネやゴールドだって旅をしてただろうし、アンノーンのことを知っている可能性もある。
 コトネは少し考え込み、ポケモン図鑑と思わしき携帯機器を見つめていたが、やがてしょんぼりと首を振った。場違いだけど、女の子のこういう仕草ってかわいいなー。

「ごめんなさい、わたしはあんまり……。でも、クリスさんなら何かわかるかもしれません」
「そっか。ありがとう、コトネ。……それと申し訳ないんだけど、」
「あ、はい。大丈夫です! クリスさんに連絡をとってみますね」

 それから、俺の希望を察してくれた少女の行動は早かった。肩に下げたカバンからポケナビを外し、幼なじみへコールする。それから親しげに電話口へ話し始めたのを見て、いい子だなと頬が緩んだ。決して厭らしい目では見てないぞ。どこかの誰かに弁明しながら、飛沫が舞う空を見上げる。虹ができていた。

 ――アンノーン。俺が世界を渡った原因かもしれないポケモン。上手くいけばもしかすると、俺は元の世界に、帰れるかもしれない。……思えば、たくさんのものを手放して。
 別れは寂しい。悲しい。もう会えないとわかっているから。
 帰れることは嬉しい。泣きたいくらいに。元の世界にはかけがえのない人達がいる。
 開いた手には柔らかい毛並みの感触が残っていた。こんなにも早く、糸口が見つかるなんて。あんな決意の後だ。笑ってしまいたい気分にもなる。動揺でもしてるんだろうか。……してるんだろうな。もう少しここにいたかったかな、なんて矛盾した欲を確かに持っている。それは余裕が生まれたからだ。
 この世界に来れてよかったと思う。笑顔のまま帰りたい。俺は帰ると決めた、その上での決意だ。泣きたいだなんて我が儘だ。

「アンノーンは、アルフの遺跡って場所で目撃されたそうです。クリスさんがホウエンに渡る少し前だから、たぶんつい最近」
「遺跡、か……。それってどこかわかる?」
「ジョウト地方の、キキョウシティ近くじゃなかったかなぁ……。一度行ってみたことがあるんですけど、保存状態のいい遺跡でした」

 他を訪れたことがないんですけど、と、コトネは笑う。ふわふわした優しい笑顔だ。
 コトネはピンクのポケナビ(グリーンに教えてもらった)をいくらか操作して、地図画面を映してくれた。カントー以外見たことないけど、これは確かに近畿の地図。少し横に引き伸ばされている。ピコピコという電子音に合わせて人のアイコンが場所を変え、ある一ヶ所を指し示した。

「ここです。ここが」
「アルフの遺跡か?」
「っひゃあ!」
「うわ、びっくりした」

 俺の肩から首が生えてきた。前髪で顔が見えないけど紛れもなくゴールドだ。続いて肩の重みが消えて、レッドが隣に腰かけてきた。手を差し出せば頬を寄せるピカチュウがたまらなく可愛らしい。
 P.C.に寄ってきたようで、また負けちまった、とゴールドは悔しそうにしていた。

「確か、そこの謎かけみたいな石板、ヒビキが解いちまったって言ってたけど」
「えっ、そうなの?」
「ああいうの好きだかんなぁあいつ。一週間くらい前だったと思うけど」
「一週間前……」

 大雑把に逆算する。……ああ、うん。俺が飛ばされたのと時期は合う。アンノーンが現れたのも、謎が解かれた影響かもしれない。間接的にヒビキくんが絡んでくるわけだ。恐るべし兄弟。むしろ人間関係。世界は広いのか狭いのか。
 ふと、頬が何だかくすぐったくなって、顔を上げれば赤とぶつかった。デジャヴってこう高頻度に感じるものだったか?
 ガン見されている。無言かつ無表情で。負けずに睨み返したが口を開かない。ピカチュウやグリーンと通じるからって俺にも意思疏通を求められてるのかこれは。どうして同性と熱く見つめ合わなきゃならんのだ。まぁ今回は汲み取れるからいいけど、流石にまだ日が浅いだろうよ。視線を感じ取れることさえ進歩なんだからな。

「アンノーンの目撃情報があったんだってさ。ジョウトにあるアルフの遺跡ってとこらしい」
「……それ、」

 相槌を打たれたが、いかにも忘れてた間の空け方は止めてほしい。妙にリアルで怖い。あとガン見するな怖いから。きちんと説明したよな俺。そりゃ、行動しなけりゃ、たぶん帰れないけどさ。

「トキ、帰るの?」

 …………俺はなんて返せばいいんだよ。俺のばーか。



 アンノーンがどうかしたんすか、とのゴールドの問いに、いろいろ端折って事情を説明する。情報提供のお礼と言っちゃなんだが。異世界云々はもちろん伏せた。二人は興味深そうに耳を傾けていた。

「そういうことなら、一回アルフの遺跡に行ってみればいいんじゃねーか?」
「あー……やっぱり、そうだよな」
「リニアに乗ればコガネシティまですぐですけど、パスは持ってますか?」
「陸路がダメなら、空路か海路だな。タマムシまではレッド先輩と飛んできたのか?」
「や……空は無理。あとパスは持ってない」

 と、まぁすんなり目星もついて手段も決まったわけだ。とはいえ独断で向かうわけにもいかない。踏むべき手順は抜かしちゃだめだ。博士やナナミさん、グリーンにも話をしなくちゃならない。

 空は青い。都会の空も青が濃いけど、マサラやシロガネ山に比べたら見劣りする。噴水が映えるのもだからこそか。
 複雑な事が凝縮した数日間だった。自分でさえ整理しきれない。糸口は掴めたんだ。ただ非日常で非常識な世界に精神が落ち着かないだけで、頭が重い。ぐっと目を瞑って、鈍痛に耐える。
 水が跳ねている。喧騒が遠い。みんな近くにいる。灰色の世界に音が溶け込む。涼やかな噴水。俺はここにいる。平衡感覚が揺らぐ。けれど呼吸はずいぶん楽だ。
 そんで、名前を呼ばれて。

「ごめん。なに?」
「……帰ろう」
「ああ、うん。そうだな。じゃあ二人とも、いろいろとありがとな」
「お家に帰れたら、またカントーに来てくださいね。ブリーダーになったトキさんに、わたしのポケモン達見てもらいたいです」
「元気でなー。レッド先輩も、またバトルして下さいよ。次は負けませんから!」
「先輩、後輩はそう言ってるけど?」
「そう」
「ちょ、どうでもよさそうにしないで!」

 まあ、また会えたらいいな。いつか。

 リザードンに睨まれたもんだから、か細い悲鳴なんかを漏らしてしまう。ああそういえば帰り道があることを忘れてたよくそう。
 逃げ腰で近づいた俺を、火の粉を吹いてあからさまにバカにするリザードン。当然だが勝てる気がせずに萎縮する。リザードンといいオーダイルといい、俺ポケモンになめられてばかりじゃないか。へっぴり腰は認めるけど。そんなに情けないかな俺。あれ、レッドの輪郭が滲んでら……。
 今度は抵抗しなかったからか、レッドの前に跨がった。前後にしがみつける分、行きよりも心の安寧は保たれる。その分多少の密着は仕方ないが。乗りづらくてごめんなレッド。

 ……どのみち浮遊感には耐えられないわけだが!

「おっ……俺、十八だからー! お前より七つ年上だからー!!」
「うるさい」

 吐き気を紛らわしたいがためにゴールドへと八つ当たりをした。レッドが心底嫌そうに文句をつける。下で失礼なことを喚いている気がしたが、コトネのマリルにはたかれてたので不問にした。
 ああ、うん。風が透き通っている。







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