再会しました

 どこに行くんだ、と、掠れた声に尋ねられた。まだ変声期前の声は興奮ぎみに上ずっていて、思わずといった印象がある。俺はそれに明確な答えを返さなかった。深く吸い込んだ冷気は肺の空気を押し出して、頭の熱をも鎮めていく。視界一面が青い影を落とす銀世界に埋まっている。
 ……そうだな。どこだろう。これから、俺はどこに行こう。最後にこんなこと考えたのはいつだったっけ。
 気づけば小さな子どもが足にしがみついて、大粒の涙と喉が裂けんばかりの声をこぼしていた。とうとう堰を切ったらしい。胸にある三日月模様。体全部を使って何かを呼んでいる。相棒が眦を下げて慰めようとしていたけれど、一向に雨の上がる気配は無さそうだ。俺は黙ってその子どもを抱き上げる。
 ――連れていくよ。だから泣くな。呟いた言葉は届いただろうか。
 荷物の場所に戻って、懐かしい道具を引っ張り出した。彼女がいないとやはり落ち着かない。けれど彼女は幼なじみの元にいるし、今の仲間たちに道中のバトルを課すのは酷だ。今は科学に頼ることにしよう。
 ジョーイさんからは「お久しぶりですね」と微笑をもらう。会釈ついでに子どもの子守りを頼んで、まだ使い慣れない機械へと手を伸ばした。





 一通りの騒ぎが治まると、黙りな幼なじみと二言三言言葉を交わした若きジムリーダーは、「そろそろ時間だからトキワに帰る」と言い残して颯爽とピジョットに跨がった。ついでとばかりに居候の許可を与えられたのもその時だ。姉貴には話してあるから、解決策が見つかるまでは俺の部屋使わせてやるよ。まさに感謝しろとばかりの口調である。なんかちょっとキャラが違わないか? これが素なのか? 彼の幼なじみであるはずの少年を窺うが、少年は何も言及することなく、幼なじみが見えなくなると俺を自宅に連行した。理由はわかる。わかるけど無言で突然引っ張るのは止めてくれ心臓に悪いから!

「泣き止まないから、連れてきた」

 レッドが暗に示すヒメグマは、俺の胴体に爪をくい込ませていた。器用な眠り方だなぁ。小さい体からは考えたくない力で引き剥がせない。無理にひっぺがした日には俺の肉が外気に触れそうだ。何より、恐らく涙で固まった目元の毛が、俺に抵抗の意思を失わせる。今の俺には戸惑いしかない。
 ……なんで、この子は俺なんかを探すんだ。どうして親を慕う目で見つめてくるんだろう。もしかして親が育児放棄したのか? でも、やっぱりどうして。
 このまま悶々と悩んでいると、やがてはレッドに当たりそうな気配がしたので早々に打ち切った。痛みをこらえてヒメグマを抱え、相変わらず無言で椅子に腰かけるレッドへと何とか話題を振る。レッドの母さんは晴れ晴れとした笑顔でお買い物だ。

「みんなびっくりしてたな、レッドが帰ってきて。そりゃ心配もするよ。レッドの母さんも安心できただろうな。あ、でも俺が聞いたときは帰らないって言って……はいなかったな、うん。……まあ流石に寒いよなぁシロガネ山。万が一体調崩したら、死ぬかもしれないし」
「…………」
「何かきっかけとかあったのか? ゴールドって人に負けたとか?」
「…………」
「……あー、その。……ごめん。まだ会ってから一週間も経ってないのにな。しかも下山で疲れてる時にこんな」
「……負けた」
「話し、て、……ん?」
「負けた。バトルで」

 きれいな倒置法だなびっくりした。

 ……そっか。
 レッド、負けたのか。

 当時の俺は『レッドが負ける』ことの意味をよく理解していなくて、テストだとかの万年一位が二位に下剋上されたくらいの規模にしか考えていなかった。そのくらい俺の世界は狭かったし、こちらの世界に精通しているわけでもなかったから。
 まぁ仮に知っていたとして、いい言葉を探すだとかの高等テクニックなんかは備えていなかったけど。人間わかりやすいのが一番だと思う。

「あー……。じゃあ、あれだ。一つ悔し泣きしとこう」
「は?」
「あ、むしろ笑うべきか……? いやほら、レッドの下山って、様子を見てた限り一大事みたいだし。それってつまり、山でレッドの目的は達成したんだろ?」
「…………」
「負けるのは悔しいけど、山籠りなんてしてまで望みが叶ったんならさ。とりあえず一度すっきりして、また新しい目標を探せばいいと……、まぁ俺は思うんだけど」

 歯切れが悪くて情けない。俺はちゃんとレッドの顔を見れていただろうか。俺は一つの物事に打ち込んだ経験がないから、正直やりきった後の焦燥感だとかは想像つかない。それでも、考えるくらいはできる。
 ……そうだな、間をとって泣き笑いとかどうだろう。無口無表情が基本だというのレッドがぼろぼろ泣きながらくしゃりと笑う。なるほど相当レアだと思う。想像し難いくらいには。人前で「泣け」と言う時点で間違ってるのか?

「それに、さ。マサラタウンの空ってきれいだよな。本当にまっさらで、突き抜ける青だ」

 ――マサラとは白。汚れなき白って意味だ。
 確かになぁ。物事の始まりはいつだって構わないけど、ここは旅立ちに最高だ。
 結局、レッドは何も言わなかった。俺の言葉が全くの的外れだったのかもしれない。けど俺は口達者でもないから思い付きの本音しか言えないし、弁解も今更だ。ただ、何かしらの思いを抱えたままのレッドに、シロガネ山で助けてくれたお礼くらいはしたい。きっとまだこれから迷惑をかける。単純な俺にできることをと考えたら、まず本心から接するしかないんだろう。ひたすらに静かなレッドの部屋で、俺は一つの決意をした。





'091206



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