ご挨拶しました

「まぁ、グリーン君いらっしゃい! 何だかお久しぶりね、だいぶ背も伸びたんじゃない? 今日はジムのお仕事はいいの? ……あら、そちらの子はお友達かしら? 初めまして、レッドの母です。あ、レッドのことご存知かしら。私の息子なんだけれど、ポケモンと旅に出てからなかなか連絡してこなくて……。やだ、いきなりこんな話してごめんなさいね。そうそう、丁度お茶にしようと思っていたところなの。グリーン君達もいかが?」
「…………あ、どうも」

 どこの世界でも母は強いのだと知った。





 マサラタウンに着いた俺は、グリーンに続いてオーキド研究の戸を叩いた。すると博士はフィールドワークで不在。先にグリーンの用事とやらを済ますことになったのだが。
 レッドの母さんは初対面の俺にも親しみを持って話しかけ、さらにアフタヌーンティーまで振る舞ってくれた。グリーンこそ動じないものの、俺は展開に追いつけない。とりあえずは目の前に出されたクッキーを一枚頬張った。うお、美味い。

「いつもありがとう」

 紅茶へ夢中になっていたら、ふと母君から礼を言われた。きっとグリーンに向けられたんだろう。いえ、と彼は返したはずだが、顔を伏せていた俺は、こちらを一瞥するグリーンに気づかなかった。
 レッド宅からは早々においとまして、少しグリーンの家に寄り(お姉さん超美人!)、再びオーキド研究へと足を向ける。オーキド博士ってどんな人だと聞けば、ポケモンが大好きなじいさんだ、とざっくりな答えを返された。

「あいつ。旅に出てからの間、一度も家に連絡してなかったんだ」
「それで連れ戻そうとしてるのか?」
「……いんや。それだけなら、って言い方も悪いか。盲目的な頑固者に何言ったって、自分の意思を曲げねぇよ」

 レッドの母さんいい人だったな。呟きながら空を仰ぐと、半歩先をゆくグリーンが短く肯定した。それからあんなに下山下山と繰り返していたグリーンらしくない発言に首を傾ける。よほど根気強いのか、半ば諦めの境地なのか。グリーンはあーだのうーだの唸ってから、少し歩く速度を早めた。

「俺たちが旅立って四年、あいつの功績だけがマサラに届いてからは三年。……待っててくれる人を分かってて、心配かけたままのあいつに苛ついてるだけだ」
「……それって実経験に基づく?」
「……うっせ」

 グリーンに寄り添って歩くブラッキーが、がしがしと頭をかく主人を見上げて一つ鳴いた。



 研究室はこざっぱりしていて、小まめに研究員が棚の整理をしては物色していた。壁には付箋が散りばめられた地図だとか、著者オーキドの論文だとかが所狭しと貼られている。目があった研究員に会釈されたので、こちらも同様に返した。

「やぁ、初めまして、トキくん。わしがオーキドじゃ。事情はグリーンに聞いておるぞ。大変な目にあったようじゃな」
「トキです。その……いきなりすみません。よろしくお願いします」
「構わんよ」

 白衣を着こなし朗らかに笑うこのおじいさんが、世界的なポケモンの権威であるオーキド博士であるらしい。グリーンは博士の孫に当たる。因みに生まれ故郷もトキワではなくマサラなんだそうだ。
 グリーンはシロガネ山麓のP.C.で、一足早く連絡を取っていてくれたらしい。研究員の一人が資料を集めてくれて、早速俺の現状についての見解が示されていく。……それにしても、カントーとジョウトの地形に見覚えがありすぎるんだが。

「君に起こった出来事は、この周辺で考えると、やはりアンノーンの仕業と見て問題なかろう」
「空間を繋げる、でしたっけ」
「その通りじゃ。アンノーンは空間を、時間を、時には時空までも繋げてしまうと言われておる」
「なら、トキは過去や未来から来たって可能性もあるのか?」
「うむ。しかしそれだけではない。もしかしたら、彼は異なる世界から飛ばされたとも考えられるのじゃよ」

 異世界。異世界、か。
 ……そっか。

 神妙な顔つきで、グリーンは俺に「何か心当たりはあるか」と聞いた。驚くなり慌てるなりの反応がなくて不審に思われたんだと思う。本人としては最大の有力説が博士の口からも出たことで、すっかり納得してしまった。

「強いて言うなら、現実にはポケモンが存在しない世界かな」
「は、」
「なんと……!」

 孫には唖然とされ、博士は俺より動揺していた。実際当事者よりも驚いているのは確かだ。二人とも、ポケモンが大好きなんだろうし。
 想像できないというか、想像したくない世界だろうなぁ。

 不意に電子音が鳴り響いた。発信源はすぐ隣にいる少年で、グリーンは画面表示を見るなり目を見張ると、一言断ってからすぐ電話に出た。……電話にしては面白い形だなぁ。ボタン無いし画面二つあるし。タッチパネルか?

「なんだよ、お前から連絡なんて珍し……は? 今? だからあいつをマサラに…………って、おい!」

 電話口に怒鳴ったグリーンは、不信げな瞳で携帯電話らしきものを畳んだ。どうしたんじゃ、と祖父に聞かれると返事は曖昧で、迷うことなく俺に焦点が合わせられる。……えええ。

「お前、一体何やったんだ? ……信じらんねぇ」
「はい?」
「『わかった』、だと」

 話が掴めませんグリーンさん。先を促してもグリーンは明かさなかった。そのうちわかる、とだけ、複雑そうな顔で言うだけで。
 ずっしりとした羽ばたきを聞いたのは、愛らしいゼニガメと戯れている時だった。








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