「アレクさーーん! もう朝だよ、今日もやることがあるんでしょう? さ、起きて朝ご飯食べちゃいな!」

「…………、えっ?」


 突然響いた女性の声に飛び起きた瞬間、思い切り開け放たれたカーテンから溢れんばかりの光が差し込んだ。
 不意打ちの眩しさに呻いていると、恐らく女将と思わしき声に朝食を勧められる。目を擦りつつ訳の分からぬまま頷けば、よし! と上機嫌に笑うソニアさんがいて、呆然と瞬く俺を置き去りに、軽やかな足取りで階段を降りて行ってしまった。
 後から街の人に聞いて知ったのだが、宿泊処ロランドは、家庭的で温かみのある宿として有名なのだが、本当に家庭的すぎて朝は叩き起こされ食事を残せばお説教をされる、特徴的な宿らしい。アレイスの母親とは正反対の性格で、なおかつある程度自律できていたアレイスにとっては、生まれて初めてと言ってもいい出来事だった。
 ……ていうか、この人、まったく気配がなかったけど、一体何者なんだ……?
 魔物と戦う環境に置かれて早8年。生き物の気配にはある程度敏感になってきた俺ではまだ気づけないレベルの足運びに、少しだけ冷や汗をかいた朝だった。



 ×



 ル・ロンド訪問の理由として、一つは鉱山や廃坑の探索もあった。資源は掘り尽くしたとして、少し前に打ち捨てられたばかりの廃坑は、まだまだ状態が綺麗で探索も可能と見える。エレンピオスには無いリーゼ・マクシアの資源とは何なのか、かなり興味があった。掘り尽くされた後とあっては収穫も乏しいだろうが、少しでも、目的の為になるものがあればいい。ついでに路銀となる素材を集められれば上々だ。それから、多少なりとも気分転換になればいいとも。

 バイカール廃坑は、道もまっすぐで空間が広く、探索のしやすい場所だったから、そう時間をかけずに踏破することができた。だが、問題はフェルガナ鉱山の方だ。
 道が複雑で、かつ天然の地下道を利用しているためか足場が悪い。迷わず帰るのは一苦労だし、魔物もそれなりに潜んでいる。光るキノコのお陰で光源はいくらかあるようだが、足を取られて体勢を崩せば、魔物相手に不覚を取ってしまうかもしれない。ランプを片手に一呼吸し、俺はひっそりと鉱山へ潜り込んでいった。


「……道具も置きっぱなしなのがあるな。そんなに急いで撤収したのか?」


 鉱山内にはトロッコ用の線路が引かれ、入り口には補強用の壁も立っている。廃材として棄てられたのか、トロッコやスコップが壁際に立てかけられたままだ。
 狭い場所での戦闘が予想されたため、ここには短剣を携えてきた。入り口付近にはツルハシも落ちていたが、当てもなく採掘作業をする時間はない。魔物を倒しながら奥に進むと、突き進んだ先に、半球状に開けた空間へ出た。
 

「ここが最奥、か。壁から変な音がするな……それに、キノコもないのに光がある……?」


 ぐるりと天井を見回せば、同じような大きさの穴がポツポツと空いていた。鉱石や資源を掘った跡だろうか。にしては、少し不自然のような気もする。
 採掘のために、あんな、傾斜のある穴を掘ったりするか……?


「……ん? 何か光ってる?」


 広場の中央に、ちかちかと光る何かが見えた気がした。周囲に警戒しつつ、広場へ一歩足を踏み入れた――瞬間。


「うわっ!?」


 地面が揺れ、壁が揺れ、パラパラと砂や石が落ちてくる。反射的に剣を構えて後退すると、轟音と共に、巨大なヘビのような魔物が、地中から姿を現した。その額に、先ほど見えた光……何か鉱石が埋まっている。
 これは、まずい。今の軽装備にこの足場で、あんなのを相手取るのは無理だ。何とか相手の意識を逸らして撤退しなければ……そう目を走らせた瞬間、ヘビが長い頭をこちらへ伸ばした。
 飛びのいて交わすと、俺が先ほどまでいた場所にヘビが食らいついて地面が抉れる。硬い岩盤の地中に潜れるなら岩を食らうのも容易いらしい。ぞっとする威力に息を呑み、直近へ迫るその頭に、持っていたランプを思い切り投げつけた。


《ガアアアアッ!》

「っ、よし!」


 ランプはロウソクでなく油式で、広がる炎は多少のダメージにはなったらしい。魔物の怯んだ隙に俺は迷わず撤退を選び、来た道へ戻って必死に走った。狭い道は、さっきみたいに地中から襲撃されては対応できない。できるだけ広い道を選び、何とか出入り口まで戻ることができた。

 ボルケア森道へ出て、ようやく一息つく。ぶわりと吹き出した嫌な汗を風がさらっていき、少し肌寒く感じた。あの魔物が鉱山へ棲みついたのがいつ頃なのか分からないが、あんなのがいては、そりゃ人も立ち入らないはずだ。
 俺がもっと強ければ、あのヘビに立ち向かい、額についていた石を剥ぎ取れていたかもしれない。けれど力も足りず仲間もいない状態では、あんなのに立ち向かうなんて正気の沙汰じゃない。自身の実力を把握せずに突っ込んでは、自滅と同じだ。

 それにしても、と、手持ち無沙汰になった左手を見る。あのランプは借り物だったのに、取りに戻るどころか壊してしまった。集めた素材を換金すれば、何とか弁償できるだろうか。せっかく路銀を稼げたと思ったのにな……。そう贅沢のできる生活は送っていなかったから、金銭に関する損得は、だいぶ大きなダメージだ。
 はあ、とため息をついて視線を落とすと、視界の隅に白い花が咲いていた。自然の花畑があって、そよ風に吹かれてやさしく靡いている。


「……花、か」


 花冠でも作ってやれば、レイアは喜ぶだろうか。外に行きたいと、今度こそ強請るかもしれない。いや、あの年頃ならワガママを言って当然なんだ。例え体が弱くても、例え、本当の親元ではなくても、自分のやりたいことを主張し始める年に違いない。


「俺は、親代り失格だな、ジュード」


 情けなく目尻を下げて、息を吐く。空の色では分かりづらいが、おそらくそろそろ午後の六の鐘が鳴る頃だ。今夜もロランドに食事を頼んでいるから、あまり遅くなってはいけないだろう。
 少し悩んでから、白い花を一輪だけ摘んだ。それを布とメモノートにそっと挟んで、アレイスは急いで街に戻った。



 ×



 お土産だと渡した花の栞を、少女はたいそう喜んで、お気に入りの絵本を紹介してくれた。上等な紙ではないし、花も糊で貼り付けただけで、きっとすぐにダメになってしまうだろう。そう伝えても、少女は構わないと言って、大切そうに仕舞い込んだ。


「お兄さん、明日、かえっちゃうんだよね? レイア、もっとお兄さんとおはなししたいなぁ……」

「……一度帰るけど、またしばらくしたらここに来るよ。その時は、レイアと同じ歳くらいの男の子も一緒だ」

「えっ、ほんとう! なんておなまえ? どんなこ?」

「おとなしくて、素直で良い子だよ。ジュードって名前で、きっとレイアと友達になれるさ」

「ジュード……ジュードかぁ。お友達できるの、たのしみだなぁ……。……あ、でもわたし、からだがよわいから、お外に遊びにいけないね……」

「ジュードも外より、中で本を読んでるのが好きだから、一緒に本を読めばいい。きっとジュードも喜ぶよ」

「そうなの?」


 ぱっと目を輝かせて、頬を染めるレイア。急に興奮しては熱が上がらないかと一瞬だけ焦ったが、その様子もなくレイアは満面の笑みで喜びを表している。そのあと、やたら心配しすぎだと、女将に少し笑われた。


「ジュードも、ここに来てすぐは慣れないだろうから、レイアが仲良くしてくれると俺も嬉しいよ」

「もちろん! ジュードって子がきたら、わたし、おとーさんのご飯たべさせてあげたいなぁ。おとーさんのご飯おいしいから、きっとジュードもうれしくなってくれるよね?」

「ああ、そうだな。親父さんの料理は本当に旨いもんな」

「えへへ、うれしいなぁ……」


 その後、女将が寝る時間だと知らせに来るまで、俺はレイアにお気に入りの絵本を読み聞かせられていた。この子みたいな友達がいてくれれば、きっとジュードも健やかに育つだろう。
 どうか二人に、俺のような不幸が降りかからないよう、きっといない神に願った。




’170725



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