「すまない、世界地図を探してるんだが」
「おう、ちょうど最後の一枚さ。ちと古いが、構わんかね?」
「ああ。頼む」

 立てた棒に布を張り、商人が声を張り上げていた。そこへ声をかけ、目当てのものを探しにかかる。
 果実酒の交易が盛んになるまでは、この海停も今ほどの人はいなかったそうだ。金の流れは人の流れを作る。商人としても、繁盛するに越したことはない。

 トラメス歴2093年、今から約200年ほど昔。リーゼ・マクシアの世界地図は、海賊アイフリードによって作られた。
 意外と遅いものだ、と思いながらふと、そもそもリーゼ・マクシアで精霊の存在が確認されてからも、まだ500年も経っていないはず。ハオの卵理論……とかなんとかだったか。ともかく、黒匣が存在しない分か、リーゼ・マクシアの文化レベルは非常にゆっくりとしか進化していない。

「あんた、傭兵かい?」
「え? ……いや、違うよ」

 商人の眼が、自身の腰にはいた剣を一瞥した。加えてこの背負った荷物と、これから旅立つ先を調べんとする世界地図。
 実際はこの海停が目的地であったが、確かに傭兵や旅人と思われるのも当然のことだろう。
 改めて商人を見る。すると、初老と見える男性は、他にグミや食料は足りているかと尋ねてきた。

「そうだな。ちょっと、旅をしようと思って」
「なら今は、カン・バルクへは行かない方がいいぞ」
「どうして?」

 ア・ジュールは、元々たくさんの部族が集まって生まれた国で、今も部族間の内戦続きなのは知っている。だからといって、首都に近づくなとは、いささか物騒すぎやしないか。
 素直に首を傾けると、商人は少し周りを見回して、声を潜めて噂話をし始めた。

「今までの部族間抗争に加えて、メラド王が反抗勢力の討伐に息巻いてるらしい。そんな物騒なところに、わざわざ物見遊山しに行くこともねえだろうさ」
「へえ……じゃあ、ついでにいいか?」

 緊張のままに頷いた商人に、「ここの港からは、どこに行ける?」かと問えば、そんなことかと気が抜けたらしい男はのんびりと説明してくれた。

「ラ・シュガル行きなら、イル・ファン港、ル・ロンド港、サマンガン海停のいずれか。こんな時分だ、イル・ファン港はいつ渡航禁止になるかわからんから気をつけな。カラハ・シャールに行きたければ、サマンガン海停行きの船に乗って、街道をしばらく行けばいい。魔物はいるが、まあ、戦う力があるなら問題なかろう」
「わかった。何かとありがとう」

 最後に、ホーリーボトルやグミを幾つか多めに買った。気ィつけてな、ありがとう。社交辞令的な挨拶で締めくくり、アレイスは船着場のほうへと足を向ける。
 港にしろ駅にしろ、人が集まる場所は情報の宝庫だ。お誂え向きに旅人の仕様をしているのだから、あまり気後れすることもなかった。

 イル・ファンはラ・シュガルの首都。建都から、確か昨年で10年を迎えたはずだ。夜域という霊勢の元に栄え、発光樹技術を駆使して創られた街並みは壮観だという。
 ラ・シュガルとて、3年前までは王位継承争いで揉めていたそうだ。後に、兄王子二人を倒したナハティガル王が即位し、国政の様子はともかくとさて、以前よりは、国情も落ち着きを見せているという。代わりに国王による専制体制が少しずつ強化されていき、戸惑う国民の声もあるようだ。
 それから、炭鉱の街として栄えたル・ロンドは、二つの鉱山が閉山したあと、緩やかに賑わいを失っているらしい。そして、交易の街としての色を見せるカラハ・シャール。昔から自由な気風で知られたこの街も、戦争や国政の意向により、以前よりずっと出入りに厳しくなったと商人はぼやいていた。

「肩が痛いな……」

 朝から歩きづめで、荷物を背負っていた肩が、強く疲労を訴えている。
 今日は早めに海停の宿で休もう。そと思いながらも、どうしても海を見ずにはいられなかった。正しくはその向こう、空の端に滲む、夜の色を見つけてから。
 異国の香りは、どこもかしこも好奇心を強く刺激していく。それから、ほんの少しの望郷の念も。

 アレイスの弟は、とても怖がりで泣き虫だった。怖い話でも聞いた日には、いつもアレイスのベッドに来て、二人で布団に丸まって寝ていた。自分はとっくに暗闇にも慣れたから、しっかりと弟を見てやらねばと、子どもながらに気を張っていたものだ。
 家族と分かれて、もう七年が経った。弟も、そろそろ13になるだろう。身長だってうんと伸びただろうし、声だって、少しばかり低くなっているのではないか。

「……焦るな」

 無理だ、と抗議の声がする。もう七年も使ってしまった。早くしなければ。現実を受け入れろ。

「決めた。イル・ファンだ」

 夜空とは、一面の星空とは、一体どんな色をしていただろうか。思い出すために、見つけ出すために、早く、早く。




'140803



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