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 ヴィランーー敵連合の雄英襲撃事件は、その日のうちに世間の知るところとなった。かのオールマイトも在籍した名門校のセキュリティが突破されたとなれば、世間から不安の声が上がるのも、仕方のないことだろう。
 その日の授業や課外活動は中止となり、そのまま下校指示が下された。そして翌日、つまり今日は臨時休校とされ、生徒は自宅でおとなしくしているようにと連絡があっている。
 言われなくとも、余程の能天気か豪胆さがなければ、到底外出する気になんかなれない。

 俺だってそうだ。例え父が事務所に出て、姉達が仕事へ出勤することで、焦凍と家に二人きりになろうとも。流石に出かける気分ではないから、自室でおとなしく家で教科書を広げ、翌日の予習なんかをしていた。
 とはいえ、正直身が入るわけが、ないんだが。


「静かだな……」


 窓の外を見ても、外を出歩いている人間は疎らだった。段々椅子に座り続けるのが苦痛になって、二単位分進めたところで筆を置いた。
 座椅子にもたれて背伸びをし、そのままごろんと畳に寝転がる。しばらくぼんやりと空を眺めていたが、それもつまらなくなって、早々に部屋を出た。
 そういえば、昨日姉さんが饅頭を貰ってきたと言っていたし、一つ拝借してしまおう。甘味は好きだ。




「……あ」


 饅頭に思いを馳せて、機嫌よく階段を降りていくと、台所に先客を発見してしまって顔を顰めた。
 今日という日に、実家で遭遇する人間は、一人しかいないのだ。

 台所で目を瞬かせた焦凍は、その手に美味しそうな饅頭と、こちらもまたいい匂いのするお茶を持っていた。
 焦凍は、俺と饅頭を交互に見て、ああ、と何やら頷くと、皿をもう一つ出して饅頭を乗せて。
 それが、ずいと、俺に差し出される。


「食うか?」

「……………………、食う」

「…………」

「………………。なんだよ。こっち見るなよ」

「いや。なんでもねぇ」


 完全に体が饅頭の気分になっていた俺は、食欲と気まずさの間でものすごく悩んだ結果、かなり鈍い動作で頷いた。焦凍が分かりやすく「意外だ」という顔をしたので、つい睨んで誤魔化す。
 焦凍は気にした様子もなく、皿を二つ持って、なぜか俺を素通りした。

 ほら、と、饅頭の乗った皿が二つ、手渡されずに座卓の上に置かれた。
 俺が意図を理解できずにぽこんと口を開けていると、そのまま台所へ戻って、急須と、空の湯呑みを取り出す。どうやらもう一つ茶を淹れようとしている。
 ……いや、待て、マズい。これはまさか、ここで一緒に食う流れか? いや、なんでだ?

 どっと変な汗が吹き出てきて、慌ててその皿を一つとる。茶までいれられちゃ、なんか本当に一緒に食う流れになりかねない。
 流れを断ち切るために台所へとって返せば、焦凍が何やってんだと言いたげに眉を寄せた。お前が何やってんだと声を大にして反論してやりたい。答えを聞きたくはないので口を噤んだけど。


「や、やっぱ要らねえ。悪いけど、これ戻しとくから」

「それ、もう袋破いちまったから無理だ。あとラップも切れてるみてぇだから、そのまま戻すと乾燥するぞ」

「じゃあ部屋で食う。すぐ勉強に戻ろうと思ってたし」

「そうか。じゃあこれ淹れたら持ってくから、待ってろ」

「いい。自分で持ってく」

「水煉」


 湯呑みをかっさらおうと伸ばした手を、力強い手で掴まれた。
 反射的に引き抜こうとしても、それ以上の力で押さえられる。勢いよく顔を上げると、影の落ちた瞳と目が合い、顔が引きつってすぐに下を向いてしまう。
 ああ、くそ、まただ。こんな時いつも、焦凍がどんな顔をしているのか、俺は知らない。

 たった二人の空間に、重たい沈黙が下りる。
 掴まれた手首を通じて、情けなく走る心臓の音が、相手に聞こえてもおかしくなかった。俺よりも鍛えられて皮の熱い手のひらが、比較的細い俺の手首を一周できているのだから、妙に悔しい。
 どのくらい時間が経ったのか、ぽつりと溢れた焦凍の声が、らしくなく覇気がなかった。


「お前、……俺の事、嫌いか」

「は…………」


 思わず覗き込んだ男の顔は、声とは裏腹に普段とあまり変わらない様子で、なんとなく気が抜けた。
 一人で勝手に高めた緊張感が、ついでのように解けていく。すぐに「なんでもねぇ」と話題を切り上げたくせに、やっぱり茶を座卓の上に二つ並べた双子の兄を見て、あれだけ重たかった口は、あっさりと紐を緩ませた。


「……俺は……嫌いな奴と、毎日顔を突き合わせて飯を食えるほど、我慢強い奴じゃない。身内がヴィランに襲われたら……普通、心配する。何も特別なんかじゃない。当たり前だろ」

「………、そうか」

「…………、」


 結局俺はまた俯いていて、ただ焦凍が相槌を打つのを聞いていた。
 そのまま腕を引かれて、饅頭と茶の置かれた方に座らされた。焦凍は俺の手から饅頭を奪い、その向かいに腰を下ろす。
 引っ張り込んでおきながら、流れに乗り切れない俺を放って、男はごく平然と茶を啜った。どこまでも美味そうな音がして、言いようのないわだかまりを吐き出すように、俺は大きくため息をついた。


「……お前って、結構……いやかなり、我が強いよな」

「……? さっき、食うって言っただろ」

「そりゃそうだけど……まあ、いいか」


 釈然としないまま、半分ヤケで饅頭を頬張る。姉が友人から貰った九州土産だというそれは、薄皮の下に白のこしあんが詰まった、甘みの強い饅頭だった。一つでなかなか満足度の高いそれに舌鼓を打つ。
 結局、饅頭を食い終わって茶を飲み干すまで、お互いに一言も交わすことはなかった。重たくはなくとも最後までつい気を張っていた俺は、食器を洗って部屋に戻ったあと、情けなく息をついて布団に転がり込むのだった。



 


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