彼は印象的なカラーリングだったし、背格好もそっくりだったから、つい声をかけてしまったんだ。それは本当に反射的で、彼の色が左右逆であることにさえ気づかなかった、僕が悪かったんだ。
「あっ、水煉くんもヒーロー科だったんだ! また会えて嬉し……ってその火傷どうしたの!?」
「……お前、水煉と知り合いなのか?」
じろりと睨まれ、僕は身を縮めて頷きながら首を傾げた。そこでようやく色が違うことに気づき、慌てて人違いだと謝った。二人が双子の兄弟だと知ったのはその直後だけど、憧れの雄英高校初日に舞い上がってしまっていたのかもしれない。
目を細めた轟くんからは、水煉くんと僕の関係を聞かれた。水煉くんとは挨拶しかしたことがないと話すと、「そうか」とだけ返して、興味を失ったように目を閉じてしまった。な、なんか嫌な汗かいちゃったな……。
クラスが盛り上がっているところに相澤先生が来て、入学式も何もかもを飛ばし、グラウンドへ出ろと告げられる。まさかの展開に慌ただしく更衣室に向かうのは、僕や轟くんも同じだ。
ちらりと彼を覗き見ると、彼はクールに準備をしていた。一匹狼タイプなのか、話しかけられても口数は少なく、なんだか冷たい印象がある。それにしても、顔立ちも髪型も、本当にそっくりなのに、印象はだいぶ違ったなぁとひとりごちる。水煉くんが夜の海なら、轟くんは氷の大地を思わせるのだ。
× 家に帰りたくなくて、わざと遅くまで学校に居残ると、すっかり夕暮れになってしまった。流石に教室まで特攻してくることもなく、気にしすぎかと思いながらも胸をなでおろす。
なかなかの混雑具合だと聞いたし、明日からは食堂にも出てみていいだろうか。食堂に行った奴らが超うまいって騒いでたし、入学してしまった以上は鬱々とばかりしていても仕方がない。
こもっていた図書館から出れば、春らしい鮮やかな夕日が差していた。
暖かな温度は心地いいのに、その燃えるような赤が嫌いだ。それだけは、苦手な兄との少ない共通項だと知っている。心底嫌っている父を連想させる夕日が、自分たちの半身が大嫌いだ。
やたらとでかい校舎を下り、玄関口に出る。
そこで壁に寄りかかる影を見つけた瞬間、俺の顔はぐしゃりと歪んだ。
「水煉、帰るぞ」
「……なんでいんの……」
当然のように宣言する男に、怒りよりもげんなりとした。1日気を張っていたのが水の泡になった瞬間だ。
最悪、と口に出しても、男は……焦凍は気にした様子もなかった。
まさかこんな目立つ男が、ずっとここで張ってたんだろうか。そしてその注目度は、瓜二つの俺がいることで相乗的に高まってしまう。そりゃなんの拷問だよと舌打ちだってしたくなる。
「おい、水煉」
「っ、放せよ!」
無視して通り過ぎようとすると、案の定腕を掴まれる。振り解こうとすればするほど拘束の力は強まって、血液の流れが止まり、指先がじんと痺れる感覚がした。
こいつ、本気で掴みやがって……!
「っの……!」
怒りをもって睨みつけても、ただ冷たい眼差しに真っ向から返されるだけで、俺の体は情けなく凍りつく。はっと息がつまり、呼吸が止まる。
唇を噛んで俯くと、もう一度名前を呼ばれて肩が跳ねた。それでももう一度睨み返す気力がなくて、はくり、と口を動かすしかできない。
いつだって、焦凍の側にいると、少しずつ、昔のことを思い出す。
それだけで震える体が情けなくて、心底、嫌いで。
ーー俺が凍らせたやつが、目の前に化け物がいるような目をしていた。
野次馬が俺に奇異の目を向けていた。俺は再び暴れないように、その辺にあった縄跳びでぐるぐる巻きにされていた。急拵えにも程があると、笑う人もいなかった。
あの時の俺は、轟水煉じゃなく、正しく化け物として扱われた。
家の近所だったからか、父さんが駆けつけて、俺の暴走を鎮圧した。騒ぎを聞きつけてやってきた中に、確かに、冬美姉さんや焦凍がいた。
人の視線が怖い。ーー中でも、いっとう、こいつの視線が怖くて仕方なくて。「こっち見ろ、水煉」
右半身が、燃えるように熱くなった気がした。
ーー振り上げた拳は、振り下ろす前に、固い布で拘束された。両腕の自由が奪われてがくりと体が傾く。
それを目の前の兄に支えられ、反射的に、体当たりするようにして体を起こした。焦凍の手が緩んだ先に、距離をとる。
心臓が、やかましく跳ねている。
一度深呼吸をして、布の伸びる先を見ると、体に布をぐるぐる巻きにした黒い男が立っていた。その目が一瞬光った様に見えたが、それが消えると、逆立っていた髪の毛もゆっくり落ちる。
その時男ーー相澤先生が、俺たちの個性を警戒して個性を発動していたと知るのは、だいぶ後の話だ。
「兄弟喧嘩とはいえ、校内で暴力沙汰は厳禁だ。つーかほんとそっくりだな君たち」
「……相澤先生」
「入学初日から問題起こしてくれるなよ、轟弟。理由は知らないが、二度も起きるようじゃ、重い処分も覚悟しておけ」
「……、すみま、せん」
頭を下げると、腕に巻き付いていた布が解けて、相澤先生の首回りに戻っていった。どんな仕掛けなんだ、あれ。
先生が野次馬を散らしてくれたことで、周囲には誰もいなくなった。きっと明日の噂話には事欠かないだろう。
隣から視線を感じるが、そちらを見てやる気は毛頭ない。
「さて。下校時刻だ、とっとと帰りな卵ども。一応繰り返しとくけど、二度はないからね」
気だるそうに告げた相澤先生は、気だるそうな足取りで校舎に戻っていった。よく見たら脇に寝袋を抱えている。
あれ、まさか持ち歩いているんだろうか。
大きく息を吐くと、視界の隅で、見馴れた靴がこちらを向いた。帰るぞ、と、言われる前に学び舎を出る。
すぐにその靴は追いついてきて、隣に並ぶものだから、堪ったもんじゃなかった。相澤先生の忠告を無駄にしないためにも、俯いたまま口を引き結ぶ。もやもやと仄暗いものが胸で渦巻いて、呼吸がしづらい。
喉を押さえられないのが更にもどかしくて、苛々する。
本当に一緒に帰るだけだったのか、焦凍は家に着くまで一言も口にしなかった。玄関をくぐって自分の部屋に飛び込んでも、焦凍は追いかけてすらこない。いつもに増して訳がわからないと、布団に飛び込みながら頭を抱えた。
分かりやすく避けているのだから、放っておいてほしい。そしたら、殴ったり、喧嘩したりすることもない。
頑固なところは父さんにそっくりだとでも言えば、今度こそあいつもキレるだろう。俺だって、絶対、父さんにだけは似たくない。
俺が個性を使えなくなったあの日から、どんなに俺が突き放そうとしたって、焦凍は俺から離れなかった。父さんの目が離れた時は俺のところに来て、無言でそばにいることも多かった。俺はそれが苦しくて、堪らなかったっていうのに。
「……何を考えてるのか、わかんねぇよ……」
さっき振りかぶった手を握る。
カッなって、本当に、咄嗟だった。殴るのを躊躇わなかった。ただの暴力で解決を図ろうとしてしまった。そんな奴が、ヒーローになんかなれるわけない。
私欲のために力を振るう。それは、そんなのは、まさしく。
「くそっ……!」
自分の手を抱え込むように丸くなる。心音がガンガンと鳴り響く中で、首をぎゅうと押さえながら、意識は山へと落ちていった。
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