6時半と宣言されたなら、その前に家を出るまでだ。いつもより早起きをし、身支度を整えて、電車が被らないよう6時に家を出る。
廊下ですれ違っても、焦凍はちらりと俺を一瞥するだけで何も言わなかった。一言も言葉を交わすことなく、足早に駅へ向かう。こんなのが三年間毎日続くなんかやってられない。
幸い、焦凍がいるA組と、俺がいる普通科C組は別の階にある。教室に入ってしまえばこちらのものだ。
仰々しい門をくぐり、まだ人もまばらな学校へ足を踏み入れれば、やたらと天井の高い教室に迎え入れられた。まあ、異形型の個性ならデカいやつもいるもんなと、思わず天井を見上げた。
教卓の上に座席表が書いてあって、俺は一番左後ろになっていた。それぞれの先にプリントの束が載っていて、入学1日目の流れやオリエンテーションについて書かれている。
簡単なホームルームの後に入学式があり、授業はないようだ。まあ1日目だしな、と自分の席に向かう。
席に座ると、急に眠気が襲ってきた。
起きる時間こそ普段と変わらなかったが、早く出るために日課の筋トレを省いたからか、頭に靄がかかっている感じがする。気が抜けたんだろうか。
予鈴が鳴るまで時間がある。少しで寝てしまおうと、大きく欠伸をして、机にうつ伏せになり、目を閉じた。
×「おーい、起きろー。そろそろホームルームだぞー」
肩をゆすられ、ゆっくりと目が覚めていく。寝ている間にクラスメイトが登校し、ざわめきが教室にみちていた。
寝ぼけ眼で前を見ると、気のよさそうなタレ目男が苦笑していた。目をこすりながらよく見ようとすると、寝起きも目つきも悪! と爆笑される。随分と明け透けなやつだ。
「おはよ。やっと起きたなぁ、爆睡だったぜー」
「……ああ……おはよう」
欠伸を噛み殺して、前の席らしい男を改めて見る。黒髪黒目の塩顔男が、ぱっと人好きのする笑みを見せた。
「俺は西沢新世。お前は?」
「……轟水煉。別のクラスに兄弟がいるから、名前で呼んでくれ」
「へえ、そうなん? 何科?」
「知らね」
「仲悪!」
また腹を抱えて笑われた。笑い上戸かこいつ、と無言でいれば、「まあよろしくな」と手を差し出された。それに応えながら周りを見回して見る。
入学初日らしく、皆んながお互いに自己紹介をしているようだ。そりゃそうかと、窓の外へと目をそらす。
どうせ、しばらくしたら焦凍のことが知れ渡り、あいつのことしか聞かれなくなる。そして、俺自身は無個性だと知ると、あからさまにがっかりするか、同情的な目を向けられるだけだ。
眉を寄せ、拳を握る。
やがてホームルームが始まり、クラス委員決めや校則についての案内があっている最中ーー“それ”は突然訪れた。
【ーーFABOOOOM!!】
「……、は?」
「な、なんだなんだ!? ヴィランか!?」
ぼんやりと眺めていた空が、真っ二つに割れた。
正しくは、豪速の飛来物が、煙を伴って、遥か遠くへ飛んでいった、のだと思う。
ぽかんと口を開けたのは俺だけじゃない。クラスも騒めいて、一人が窓辺に駆け寄るのを皮切りに、みんなが殺到する。
俺も椅子に座ったまま背を伸ばすと、どうやらグラウンドに出ているクラスがあるようだ。いや、入学式はどうした?
クラスを席に座らせながら、グラウンドを見た先生が、「ヒーロー科が早速やってるね」と頷いている。その一言で、クラスが再びざわついた。
ヒーロー科は雄英高校でももちろん花形だ。全国トップとも言われる彼らが、人の目を引かないわけがない。ましてや他学科のほとんどは、ヒーロー科第一志望だったはずなのだから。
結構な距離があるので、それぞれの容姿は分かりづらいが、その中でも俺の目を引くカラーリングがあった。右は白、左は赤、俺とは逆の左右非対称。
ということは、あれはヒーロー科、1年A組だ。
「なあ、もしかしてあれが水煉のキョーダイ? すげーな、ヒーロー科なんじゃん」
「……知らねーよ」
「ほんと仲悪!」
ブハ! と尚も笑う西沢。よく笑うなとつられて目元を細めれば、ふと、その向こうから視線を感じてそちらを向く。
紫の髪を逆立てた、目つきの悪い男だった。目の下のクマがひどく、暗澹たる雰囲気を醸し出している。目の前で笑う西沢と相まって、彼の静かな目がなんだか不気味だ。
「……でも、いいよなぁ、ヒーロー科。俺、本当はヒーロー科が第一志望だったんだぜー。そりゃ、ヒーロー向きの個性じゃないけどさ……」
快活に笑ったまま、西沢がさりげなく零した言葉は、なぜだか俺の耳に突き刺さった。
彼の目はヒーロー科へと向いていて、その瞳には羨望と、何か力強い光がある。
それはどこか、つい最近知り合ったやつと重なって、俺はそれ以上西沢を見れなかった。
……みんなみんな、ヒーロー科を併願していたやつばかりだ。ヒーローに憧れて雄英を志したやつらだ。
そんな中に、俺みたいなのが混ざっていることへ、ひどい居心地の悪さがあった。
先生が仕切り直し、再びホームルームへと戻ると、紫髪の視線が俺から外れた。
しかし彼は前を向くでもなく、じっと窓の外ーーヒーロー科を睨みつけ続けていた。
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