ルドガーと、ミラと、エルと、私。楽しい食事はあっという間で、二人はゆっくりしていくこともなく、そのまま部屋へと戻ってしまった。快晴の夜は月明かりがまぶしく、リーゼ=マクシアほどではないけれど、星々がきれいに空を彩っている。 ルドガーと二人きりになって、テレビをつけるでもなく、ソファに座って寄り添った。私はカフェオレ、ルドガーはコーヒー。こんな時間に飲んだら眠気が覚めちゃうかもしれないけど、今日はなんとなく、夜長を味わいたい気分だった。 もしかしたら、それは虫の知らせだったのかもしれない。だってそれは、あまりにも唐突で、私は危うくカフェオレをひっくり返すところだった。
「ーーーーあ、」
ぱちんと、頭の奥で、何かが弾けた音がした。
体が宙に投げ出されたような感覚に陥って、ぐらりと私の体が揺れる。慌てて抱きとめてくれたルドガーが、カフェオレを机に逃がしてくれたので、火傷をせずに済んだなぁとぼんやり思う。
「アリア!? どうした!」
「……ルド、ガー。これは……ああ、そっか……」
「……アリア? アリア、なあ、こっちを見てくれ」
そっと顔を持ち上げられ、翡翠の瞳が心配そうに眇められる。頭の中がぐるぐるとしていて、言葉がなかなか纏まらないのを、ルドガーが辛抱強く待ってくれる。 私は何とか、散らばる言葉を捕まえて、辿々しく口に出した。誰よりも、ルドガーに伝えなくちゃいけないことだ。
「世界が、終ろうとしてる。全ての私がーーううん、分史世界が、消えようと、してる。そういうのも分かるんだって、びっくりして……ああ……ううん、それよりも……」
「……そうか。オリジンの審判に、勝ったんだな」
「うん、そう、そう……みたい」
よかった、なんて言葉は、声にならなかった。少しずつ、世界が……私が崩壊していくのがわかる。ぼろぼろと崩れていく私の手を、ルドガーが、いとおしそうに包んでくれる。 分かっていても、涙が溢れてきて困ってしまった。ルドガーも苦笑して、私の涙を拭ってくれる。 肩を抱き寄せられて、わたしはルドガーの胸元に倒れこんだ。いつの間にか逞しくなって、いろんなものを背負った、一人の男の人だ。世界が終焉を迎える中で、私は人生で一番ドキドキと胸を高鳴らせるのだから、本当にわがままだなぁと呆れてしまう。
「ごめんなさい、ルドガー。ずっと私に付き合ってもらっちゃって。わがままばっかりで、ごめんね」
「俺がしたいことをしてただけだよ。だから、謝ったりなんかしなくていいんだ」
「……そっか。ありがとう、ルドガー」
ありがとう、と、何度言っても伝えきれない。ちゃんと伝わっているだろうか。不安になって何度も繰り返すと、ルドガーの肩が少し震えた。 ルドガーが、身をかがめて私を見つめる。その瞳が、終わりを迎えるにはあまりにも甘やかで、私は息を止めた。
「それよりもさ。我儘は、それだけ?」
「え? な、なんで?」
「俺はさ。……その、最後まで、ずっとアリアと一緒にいたいよ」
「……やだぁ、そんなのどこで教わってきたの?」
ぽかんと口を開けて、可愛くないことを言っても、真っ赤になった顔は誤魔化せない。ルドガーが満足そうに笑うので、意趣返しのつもりでぎゅうと抱きついてみると、彼の腕が優しく背中に回された。消えかかっていたとしても、彼の腕の中ならば、何も怖いことはなかった。
「お願い。私と、ずっと一緒にいてほしい。あなたが大好きなの、ルドガー」
「俺も、君のことが好きだ、アリア」
熱くなる目元を抑えるように、胸元の時計を、大切に大切に抱きしめる。貴女を襲った絶望に、私は感謝さえしてしまうのだから、私は本当にわがままだ。
私を生かしてくれてありがとう。 彼と出会わせてくれてありがとう。 好きという気持ちを教えてくれて、ありがとう。
『私』が頑張って生き抜いてくれたから、私は彼に出逢えたのだ。
「俺は今、幸せだよ、アリア」
私もだよ。だってこの世界でも、あなたを愛することができた。ああ、なんて、幸せな夢だったんだろう。
世界が白んでいく。感覚が消えていく。世界の終わりにただ二人。 最後に残るのは、この気持ちだけで、構わないのだ。
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