なんだかすごくキラキラするところに来た。なんとかバーという、とにかくお酒を飲むところらしいと、髭の人が言っていた。髭の人がマスターに何かをいうと、私たちは奥の広い個室に通された。なんでも、ここにリーゼ=マクシアの果実酒を卸しているのは髭の人なんだって。
「ではでは皆様ご一緒にっ!」
「?」
『おつかれいあーーー!』
「!?」
みんなが一斉にグラスをぶつけ合う。私は目を白黒させながら、目の前に置かれた黄金色の飲み物をペロリと舐めた。……あ、おいしい! これ知ってる味だ、パレンジってやつだ!
テンションが上がって隣のジュードさんに報告すると、嬉しそうに「パレンジリキュールが入ってるんだよ」と教えてくれた。何がどんな味か分からなかったから、注文は全部ジュードさんにお願いしたのだ。流石ジュードさんできる男。
なんだかお酒ってフワっとするので、猫のようにちょびちょび舐めていると、向かいで髭の人が髭を白くしてイメチェンしていた。
「ぷはーっ! やっぱ、一仕事終わった後のビールは格別だな!」
「アルヴィン、すっかりオッサンです」
「まだまだ青いなあエリーゼ嬢、この粋が分かったら大人ってもんだぜ。なあ、社長殿?」
「はは、そうかもな。酒の席でこそ深まる縁もある」
肩を組まれたルドガーが、機嫌良さそうに笑っている。仕事終わりなのか、スーツをビシッと決めていたけど、熱くなったみたいですぐに脱いでいた。
「僕は、焼酎とか清酒が好きだな。神々の黄昏とか美味しかったよ」
「お、ジュード君もなかなかイケる口じゃねえの。少し見ない間に、すっかり成人の仲間入りだな」
「はは、人付き合いくらいでしか飲まないけどね。お酒といえば、ガイアスも酔うと凄かったなぁ……」
「王様な。あの顔と性格にあの語尾は破壊力ありすぎたぜ……」
「みんな渋〜い。私は甘いチューハイとかカクテルの方が好きだなぁ! あ、サイダー飯カクテルとかどうかな!?」
「レイアの好みも相変わらずだね……」
男性陣はびーるが多かったけど、女性陣は色とりどりのかくてる、もしくはのんあるこーるを頼んでいた。レイアは緑色のしゅわしゅわに、アイスクリームが乗ったものを飲んでいる。私の熱視線に気づいたレイアがひとくちくれたので、アイスと飲み物を一緒に含んでみた。ふわふわしゅわしゅわ甘々で、大変美味でした。
おいしいものは人を幸せにする。それは知っていたけれど、お酒はこう、なんか、すごい勢いでしあわせになる。ふわふわって、宙に浮くみたい。甘くて美味しいからあっという間に半分飲んじゃって、私はもうお酒の虜である。うまー。
「お酒って、そんなに美味しいんでしょうか……」
「わたしは苦手だなー。ツキアイから帰ってきたルドガー、すっごくお酒くさいんだもん」
「はは……」
「ウィリスは、お酒を飲めるんですか?」
「うん? うん、飲めるっぽい? まだ飲んだことないから、今日飲んでみようと思って来たんだよ。そしたら、すごくおいしくってびっくりした」
「わ、ウィリスさん飲むペースはや! 弱いのを少しずつだからね。気持ち悪くなったり、少しでも異常を感じたら止めること。いい?」
「ふぁい」
「おっ、ウィリスも飲むのか。精霊はみんなグルメなのかねえ」
「ジュード、すっかり保護者です」
ジュードさんに窘められたので、再びちょびちょび飲みに戻る。うーん、一度味わった贅沢は我慢できぬ。ジュードさんが話に夢中になってる間にごくりと飲んでしまった。私、悪い精霊です。ごくり。
「けど、こうしてみんなの休みが重なってよかったよ。なかなか揃う機会も無いからさ」
「ガイア……アーストやローエンは、やっぱり簡単には動けないだろうから、ちょっと申し訳ないけどね」
「むしろ五年前、あれほど世界をぐるぐる回れてたのがすごいよねぇー」
「おーさま元気かなー? カン・バルクってずーっと雪降ってたもんね。王様はともかく、ローエンは風邪引いたりしてないかなぁ?」
「そう思って、わたし、炎糸で編んだマフラーと靴下をプレゼントしたんです。ドロッセルと一緒にデザインから考えて、何ヶ月も編んでたんですよ」
「へえ、手作りとはやるねぇエリーゼ。じいさんもさぞ喜んだだろ」
「手作りってなんかあったかくていいよね〜! 私も何かチャレンジしてみよっかなぁー」
「そういえば、レイア、料理の勉強するって言ってなかった? 得意料理とかできたの?」
「えっ!? やー、最近忙しくてさー! 暇ができたらやりたいんだけど、ほら、私次期部長候補でしょ? 最近いっそがしくてさぁ〜!」
「またそんなこと言って。ちゃんとご飯食べてるの? また偏食してないだろうね?」
「まあたジュードのお母さん節だよ! 自己管理はしっかりしてます〜!」
「ま、あの辺にはまた改めてこっちから出向こうぜ。ま、とりあえず今日のところはこのメンツで楽しもうや」
「ああ、そうだな。……ところで」
飲み物がなくなってしまったので、カラカラと氷を鳴らした。顔がカッカしてあつい、テーブルがひんやりして気持ちいい。周りが静かになるのも知らずに、私はぐだりと机に寝そべる。
「さっきから黙ってるけど、ウィリス大丈夫か……?」
「え? ……ああっ、ウィリスさん!? 大丈夫!?」
机とキスする私を、誰かが激しく揺り起こす。うう、せっかく安息地を見つけたのに……うっあつい。寄りかかった人も体温高い。けどなんとなく落ち着く気配があって、私は唸りながらその人に引っ付いていく。瞼を瞑っているからか、なんだか真っ暗だ。そばにある温もりが、どんどん私に移ってきて、落ち着くのになんだかこわい。
だって。だってだよ。
ずっとずっと寒かったから、あんまりあついと、驚いちゃうんだよ。
「んん……ジュード……?」
「ウィリスさんも、お酒に弱かったんだね。ごめん、誰か水を……」
「うーん……なんか、ジュードくん、声が低い……」
「え……」
くん、だなんて、もうアルヴィン以外に呼ばれないと思っていた。他に呼んでいた人といえば、ティポと、今はもう亡くなってしまった、大切な女の子だけだったから。
真っ先に、異変に気付いたのは彼だったはずだ。けれど、だからこそ、少年は反応することができなかった。
「あれー……? おかしいなぁ、エルがちょっと大きく見える〜……あ、ルドガースーツだぁ。もしかして、就職できたの? よかったねぇ……」
「え……?」
「何行ってるの、ウィリス。もう前からルドガーは社長さんでしょ?」
「えっ、社長になったの? えー、昇進したねえ……じゃあ、私の上司になるんじゃん……すごいねぇ……」
「……おいおい、ちょっと待てよ、お前……」
「ま……待って、ウィリスさん、君は……」
力強く向き合わされて、ウィリスの。ウィリスと名付けられた精霊が、かつての仲間の面影のまま、よく知った笑顔を見せるものだから。少年の息がヒュ、と止まった。
「ええ……? さん、だなんて、なんかジュードくん、堅苦しいなあ……」
「ねえ、しっかりして! こっち見てよ、ウィリスさん!」
「ちょ、ちょっとジュード、落ち着いて!」
向こう側から幼馴染が回り込んで、ウィリスを少年から引き剥がそうとする。ジュードは首を振り、アルヴィンに押さえられるまで、ウィリスの肩を掴んで必死に叫んだ。
「ふふ……みんな、元気で、嬉しいなあ……」
「ねえ、しっかりしてよ! 僕を見て、ねえってば!」
「落ち着けジュード、人が集まってくるぞ!」
「そんな、だってアルヴィン! 彼女は、彼女が……!」
今を逃してはいけないと、本能が叫んでいた。後ろから羽交い締めにされながら、なんとかその人に触れようと手を伸ばした時、少年の目は見開かれる。
ゆっくりと、精霊の瞳が閉ざされる。その唇は弧を描き、ほろりと、一粒涙が溢れるのを、ジュードは息を飲んで見つめた。
「……うれしい、なぁ…………」
「ーーユーリア!」
「ーー………へあっ!?」
がくんと大きく船を漕いだ勢いで、眠気がどこかに飛んで行った。またすぐ帰ってくるかと思われたが、気づけば私はレイアに抱きしめられていて、みんな呆然と私を見ていて、ジュードさんはアルヴィンさんに押さえられていて……眠気はそのまま家出していった。
え……な、なにこれ。どういう状況?
「じゅ、ジュードさん? みんな? どうしたの、そんな……怖い顔して……」
「っ…………!」
「……なあ、ウィリス。今のこと、覚えてるか?」
「い、今? ごめん、わたし眠くて、うとうとして……あっ、あの、お酒おいしくて、たくさん飲んじゃって……その……」
言いつけを守らず、ぐいぐい飲んじゃったから怒られた……訳ではないらしいのは、ジュードさんの表情を見ればわかった。悔しそうな、悲しそうな、怒りだしそうな……そんな激情が渦巻く瞳が、なんだかとてもこわかった。
「ご……ごめんなさい……」
「…………違うよ。ウィリスさんは、悪くない。僕こそ、ごめん」
「…………」
しん、と。乾杯の頃が嘘のように、お酒の席に沈黙が下りた。髭の人……アルヴィンはジュードさんを放して、思い切りびーるを呷る。美味しそうだなと思ったけど、もう到底飲む気にはならない。
俯いたきり、ジュードさんの顔を見るのが怖くて、ぐっと足元を見た。どうしよう、私、なんかしちゃったのかな。いや、多分しちゃったんだよね? 私何した? ジュードさんが怒るって相当じゃないかな? もう数分前の自分をぶん殴りに行きたいけど、そんなこと考えたって、過ぎたことはどうしようもない。
ふと、レイアを挟んだ向かい側から袖を引かれた。エルが少し心配そうに、けれど努めて明るく笑った。
「……ねえ、ウィリス、今日エルとルドガーの家にお泊まりしない?」
「え、あ……でも……」
「あ、じゃあわたしも行きたーい! お泊まり会しよ! ね、いいでしょルドガー!」
「はは、別に構わないよ」
「私も行きたいです、ルドガー。ね、ウィリス!」
レイアにエリーゼも、そうと決まればあれこれと必要なものを上げていく。私は勢いに飲まれて顔を上げ、ジュードさんと目が合ってしまった。ジュードさんの瞳は落ち着きを見せ、けれどどこか、寂しそうに、見えた。
「行っておいでよ、ウィリスさん。きっと楽しいよ」
「う、うん、わかった……」
「じゃあ、俺はジュードの方に泊まるか。レイア、戸締りよろしくな」
「オッケー! じゃっ、お会計よろしく〜! お金は前もってルドガーに渡してあるからお願いねー!」
女の子に両手を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られていく。まずは下着を調達せねばと、ショップの方へ引きづられた。扉が閉まる直前、私はつい後ろを振り返る。
目は、合わなかった。
(’170915)
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