体内の水分を根こそぎ蒸発させているかのように流れる汗。容赦なく肌を刺す真夏の太陽。鼓膜に大ダメージを与える、蝉の大合唱。

 それらのおかげで頭が壮絶な被害を受けている、待ちに待った夏休みが始まって、一週間たったある日。
 ――まだ俺が、生みの親から名付けられた名前を名乗っていた日のことだ。

 半年前に発売されたゲームに、熱が冷めるどころかまだまだ燃え続けていた俺は、午前課外が終わるとともに自転車をぶっぱなして帰宅。例え熱風に肌を焼かれようがお構いなしだ。
 夏休み明けのテストなんて知ったものか。基本的に、平均より若干上を維持していれば、親から文句は言われない。文句は。

 ……ともかく。

 帰宅の挨拶もそこそこに階段を駆け上がり、制服を着替えもせず、カセットをセットしたままのハードの電源をワンプッシュ。待機のまま切るの忘れていたらしく、赤いランプが点灯したままだ。

(昨日はどこまで進んだんだっけ?)

 アウノウンの隠しボス戦を早々に諦めて、橋建設の為にひたすら金稼ぎに没頭していた記憶しかない。……意外と時間を積み込むもんだなぁ……。

 何か、神聖な儀式でも執り行うような姿勢で、テレビの前に鎮座する。
 ――しかし、あろうことか待てど暮らせど一向に反応を示さない愛しのテレビ様。首を傾げてランプを確認するも、テレビもハードもちゃんと緑だ。
 念入りに確認して、テレビ本体やハードには何も異常が無いと解ると、さっと顔から血の気が引いた。

「ちょ、なんで何も映んないん……はっ、まさか傷? もしかしなくとも傷なのか!? って、それじゃルーク橋建設が!」

 背筋を氷塊が滑り落ちていくくらいぞっとして、指先が戦慄く。
 残念ながら、俺の周りにはゲームすら触らない奴らばかりなわけで、もし傷なんかついた日には死活問題なのだ。……借りるという選択肢が選べないとはいえ、買い直すにも金がいる。ジリ貧高校生には死活問題だ。
 あああ、もっと丁寧に扱っとくんだった! 俺の馬鹿野郎!
 呆然と、絶望感に苛まれながら、他に誰もいない部屋でむせび泣く。待てど暮らせど画面は黒いまま、うんともすんとも言わない。

 言わない、はずだった。



「……何を一人で騒いでいる」
「う――おあッ!?」

 突然。
 微妙に古風な衣装を着た、小学生くらいの男の子に背後から声をかけられた。

 短い金髪に翡翠の瞳をした小柄な影。が、俺の部屋に、やけに偉そうな態度で仁王立ちしている。
 ぽかん、と口を開けていた俺に、少年は段々と不愉快そうに眉を寄せて、腕組みをした。歳は……小学校低学年くらいだろうか。明らかに日本人じゃない。

「……あー……その。どうやって入ったか知らないけど、俺は今非常に忙しい。てことで、とっとと出てけ不審者」
「お前、警戒心をどこに落としてきたんだ?」
「めちゃくちゃ警戒してるけど!?」

 普通の反応としては「お前は誰だ!」とか「何故どうやって何の目的でこの部屋に!」とか言うのだろうが、残念ながらそんな余裕さえ俺には欠如していたのである。ちょっと頭がおかしい侵入者<ゲームの不等式に則った結果だ。

 声を掛けられた瞬間に条件反射で、全身をびくつかせた挙句PS2を死守すべく頭から床に突っ込むという「まさに驚きました」な反応を取ってたんで、リアクションはそれくらいで構わないだろうと自己完結。額と肩と腕が地味に痛い。ついでに頭の方も。

 何よりも。――相手が見た目的に自分より年下だと安直な判断をして、油断を招いたのが運のつきだったのだ。


「お前誰? どうやって入ってきた? 足拭いたか?」
「遅すぎだ。足は汚れていない」

 さいで。いまいち天然なのか確信犯なのか判断に難しい。
 いちいち律儀な対応をしてくれる少年に、失笑を交えつつ、目で部屋を一回り点検する。慌てるには緊迫感が不足しすぎだ。

 ここは二階、平凡なうちには勿体無いくらい立派な木はあるけど、窓は開いていないので、そこからの侵入は不可。冷房つけてるから鍵かかってるし。
 部屋の扉はテレビと同じ方角にあり、今までの俺の位置であればすぐさま気付けるはず。実は天井の一部が取り外し可能で屋根裏からひょっこり登場……なんて芸当も、多分無理だ。家宅侵入に加え器物損傷とか洒落にならん。因みに人が潜り込めるサイズの排気口もない。

 ……本当に、何なんだこいつ。

 ようやく疑惑の芽が生えてくる。俺の霊感が開花したことにより、太古に生きた少年の幽霊が視える……とかそんなファンタジーあるわけない。影……は一応あるし。
 少年に対する疑問が、我が癒しのゲームへの執着心に勝りかけたので、この辺りで思考を中断させておく。なんだか中断させちゃいけないような気がしなくもないが、とりあえず無視で。

「とにかくっ、速やかに出ていこうか空き巣少年つか出てけ」

 にこやかに通告すれば、頬をひきつらせる少年。心外だといいたいらしいが、不法侵入を果たした身の上で進言しようとも、説得力いまいちだぞ。

 ひとまず俺が現在持ちうる限りのスルースキルを最大に発揮しつつ、この際自力で押し出そうそうしよう、と、立ち上がってドアノブに手をかける。何より今はゲームの危機なのだ。不審な少年は、この格好のまま警察に保護でもされるといい。
 扉をこれでもかと開け放ち、気持ち悪いほどだと自覚済みな笑顔で少年に歩み寄る。案の定、少年はドン引きした。やっぱ失礼だこいつ。

 肩に手を伸ばし(本当に幽霊だったらどうしよう、いやどうしようもないかという結論に落ち着いた)、触れる直前で、少年が何やらぼそりと呟いたのが見えて、首を傾げる。

 覗き込めば、あまりにも少年らしからぬ遠い目をしているもんだから、何だよ、と促さずにはいられなかった。
 お互いに無表情で視線を合わせ、たっぷりと見つめあい、やがて少年は気落ちした様子で嘆息する。……なんだ?

「何だよお前、俺にスルーされたのがそんなに、「自惚れるなバカめ」なんだこいつエラそう!」

 眉を寄せた途端にぺっと吐き出された。
 明らかに自分より年下の相手から理不尽な罵倒を受ければ、俺だってそれなりに腹が立つ。立場的には、俺はすぐにだって警察に通報できるのだし。なんつーか、気を揉んで損した気分だ。ていうか損した。なんか減った。いろいろと。

「はいはいどうせ俺は救いようもない大馬鹿者ですよ悪かったな!」
「自分で更に格下げしてどうする」

 腕組みしながら見上げてくるこいつは飽くまで偉そうな態度。ふん、と鼻を鳴らし、始終高圧的な姿勢を崩さない。
 てか俺を小馬鹿にしてないかこいつ。見知らぬ赤の他人から謂れのない蔑みをされたのは生まれて初めてだぞ。たぶん。

「てか、お前ホントに誰だよ? 名前は? どっから来た?」
「名前などに意味は無いし、そも、お前はとうに知っているはずだ」
「いや、んなわけないだろ」
「――やっと見つけたんだ」
「……は?」

 ふと、左手首を拘束される感覚に、目線を下げる。
 少年の旋毛、額と下りて、深い碧の双眸と視線がかち合った途端、ぞくりと背筋が震え、冷たく凍った。

 無意識に後退し、だがそれは手首を掴む少年によって阻まれている。
 表情を引きつらせる俺を、少年は意志が読み取れない瞳で黙視し続けていて。

「な、なん、」
「お前が必要だ。あちらを助け――いや、」

 混乱が絶頂に達し、冷静さを保てぬまま、彼の手を振り解こうと腕を振り上げる。
 その瞬間少年は左手を解放し、正面から俺と対峙して。

「かえって、きてくれ」

 どこか悲しげな微笑と、翳された小さい手のひらを最後に、視界も意識も、全てが黒く塗り潰された。






'081119




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