「リグレットだ。以後、よろしく頼む」
「……ライト律手、です。こちらこそ、よろしく」

 カチカチに固まった動作は、どうか緊張のせいと思ってほしい。間違ってはいないし、実際挨拶以上の事はできなかった。
 美しい総長副官は、用件が済むと、あっさり身を翻して去っていった。突然の訪問に戸惑いはしたが、そういえばそんな時期かと、近づくその時に、意識が冴えていく。

 リグレットがヴァンの副官となった経緯は、そもそもヴァンへの復讐の為だ。ヴァンが負け戦と知っていながら、リグレットの弟を引き連れて戦争に参加し、リグレットの弟が戦死した。自力で秘預言を調べた彼女は、弟の死を回避できたはずのヴァンを討つ為に近付いたが、仇討ちに失敗。ヴァンはその後リグレットを副官に据えるわけだけど……案の定、リグレットの表情が恐ろしすぎる。冷血、という言葉が相応しいくらいに。
 いや本当にこえーよ。冷や汗が止まらない。なんせリグレットにしてみれば、実際はどうあれ、俺もヴァンの……仇の手先だ。そりゃ睨みもするか。

 これからリグレットは、ヴァンの側に仕えてその理想を知り、その理想を共にするようになる。リグレットという戦略を削いでおけば、ルーク側にとって、今後の戦況は有利になっただろう。けど、俺はそれを成し遂げられなかった。機会はあったものの、それを逃してしまった。

「……マルセルさん、いっちまったんだな……」

 薄暗い本部の天井を見つめ、淀んだ息を吐いた。思い出すのは数ヶ月前。ヴァン総長の招集を受け、キムラスカへと発った青年の姿だ。
 マルセル・オスローという青年は、ヴァン主席総長を崇拝していた。俺が進言したとヴァンの耳に入れば、俺はきっと無事では済まない。ならば足を怪我でもすれば、キムラスカ行きを断念するだろうと、罪悪感を覚えながら彼の足に譜術をけしかけたのは俺だ。
 結果として、彼は足を負傷したが、滅多にないヴァンからの勅命を逃すまいと、無理をして出ていってしまい、やはり戦死した。
 尊敬する上長の役に立たず、悔しかっただろう。怪我で思うような力が出せず、無念だったに違いない。俺が良かれと思ってやったことは、彼にとって、障害にしかならなかった。

 心臓が、キリキリと痛む。命を救おうとしたのに、俺がやったことは裏目に出てしまった。リグレットはその事を知らないだろうが、それでも、彼女たち姉弟に対しての罪悪感が膨らんで仕方ない。
 俺は知っていた。救えるはずだったものを救えなかった。俺の判断が甘かったからだろうか。けど、じゃあ救うってなんだ?
 マルセルさんはどうしてもヴァンの元で力を奮いたかった。俺はその思いを捻じ曲げようとして、結果、きっと原作以上にそれを阻害してしまっただろう。

「……ファスナ……」

 今、無性に彼女に会いたい。会って、俺の知る全てを話してしまって、大丈夫だよとそっけなく言ってほしい。
 ファスナが俺の全てを許容してくれる保障もないのに、唯一『俺』を知っている彼女に縋ってしまいたくなる。

 やる事をやると決めたのに、情けない。俺が先々を変えてしまえば、より大きな被害が齎される可能性があるなんて、考えずとも分かっていたことだ。

 大きく息を吐いて、頭をかき乱す。女性らしくないと、人前ではやらないよう勧められた仕草だけど、どこかに俺らしさがないとやりたいことも分からなくなりそうだ。
 シェリダンで依頼している音機関には、貴重な素材も必要になる。悩むくらいなら体を動かしている方がマシだ。しばらく派遣任務は予定にないし、今のうちに出来ることはしておくべきだ。
 そして、俺自身のことについても。

「そろそろ、俺も……けじめをつけなきゃ、な」

 確かに、技術を学ぶには、もってこいの場所だった。幸いファスナという協力者もあって、俺は破格の待遇を受けていたと言っていい。じゃあ、そこで得た力をどう使うべきか。
 元の世界での知識も、預言も、使えるものは使う。

「……ファスナを巻き込んじゃ、ダメだよな」

 彼女は元々、ヴァン側にいる人間だ。あの言い方によると、手隙のところに俺が助けを求めたから、半ば暇つぶしに請け負ってくれているのだろう。なら、ヴァンの指示があればヴァンの味方になる可能性が高いはずだ。
 それなら、俺は彼女に協力を仰げない。俺は極力ヴァンとは関わりたくないし、万が一俺に協力してくれたとして、彼女がヴァンから制裁を受けないとも限らない。彼女は自分を、簡単に処分される存在だと、あの時証言しているのだ。

 けど。それでもだ。
 物語の主軸にいては、彼女の命も危なくなる。関心こそ低いとはいえ、俺を守ってくれたのは彼女だ。協力を、諦めたくない。

 世話になった恩人を疑うのは良心が痛むが、現実問題として、彼女が属するヴァン一派は世界を滅ぼそうとしているのだ。俺はそれを受け入れられない。なら、俺は彼女との関係も、考えなければいけないんだ。





'180320




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