ND2015。燻り続けた戦争の火は、キムラスカ北部で燃え上がった。
 マルクト軍を率いるのは、死霊使い(ネクロマンサー)として名高いジェイド・カーティス大佐。対するキムラスカ軍をセシル将軍が指揮し、こちらにヴァン謡将率いる神託の盾騎士団も参戦したが、キムラスカ軍は劣勢を強いられているそうだ。

「聞いた? もう、キムラスカの敗戦は濃厚らしいわよ……」
「じゃあ、マルクト軍がバチカルに近づいてくるの? 怖いわ……」

 口に戸が立てられないメイドたちを、咎める者はいない。皆が胸の底で思い、不安に思っているからだ。
 装備した剣をそっと撫でる。私も、神託の盾騎士団員として、犯罪者を殺したこともある。逆に殺されかけた事もある。預言に縛られた世界なんて、とうに愛想を尽かしているのに、それでも死を選ぶ気にはならないのは何故だろう。

 キムラスカ王城へ参上し、門をくぐれば、庭で多くのメイドや騎士たちが準備を終えて整列をしているところだった。私もその騎士側へ並び、 皆と同じ人を待つ。
 城から出てきたナタリア姫は、普段のドレスではなく、体を動かしやすい衣装でのお出ましだ。その背中には弓矢があり、そういえば、弓術を習っていると聞いた事を思い出す。
 彼女は固い表情で騎士団長と会話をしていたが、ふと私に気づくと、僅かながら表情を緩めてこちらにやってきた。

「今回は、よろしくお願いいたしますわ、ファスナ詠手」
「こちらこそ。御身に傷一つつけずにお返しする事を約束いたします」

 未来の王妃に、胸に手を当てて敬礼を。頷いたナタリア姫は、遥か遠く、北東の方角を見上げる。
 私は今日、ナタリア姫の、ケセドニア慰問へ同行する。



 ×



 湿原や砂漠越え自体は、地の利がある者ばかりで編成されていたため、さほど苦労はしなかった。私はひたすらに譜術で敵を蹴散らしていただけだ。
 ケセドニアへ着くと、キムラスカ側の出入り口を見張っていた兵士が軍拠点へと走っていく。上長へ報告をしにいくのだろう。彼を追って街に入ると、その様子が確認できた。
 出入り口近くで、キムラスカの女性兵士が炊き出しを行なっている。街の人間は皆ざわめき、街全体が落ち着いていない。ここは国境の街だ。ケセドニア自治区はダアト条項によって諍いを禁じられているが、やはり向かい側にはマルクト軍が駐留している。両国の国民が不安だろう。
 良くない雰囲気だ。子どもだけが元気に走り回っている様子が、なんだか歪だ。

 騎士に囲まれたナタリア姫が登場すると、一人の住人が気づき、街がどよめいた。母親とともに手を振る子どもたちへ、ナタリア姫は微笑みをもって手を振り返す。

「ナタリア姫」
「……わかっていますわ、ファスナ詠手。参りましょう」

 私が声をかけると、ナタリア姫は真っ直ぐ前を向いて、表情を引き締めた。
 その顔には、今すぐ彼らに駆け寄って労りたいという心がありありと見てとれたが、まずは最前線で奮闘する兵士たちを慰問するのが先だ。街を守る兵士の士気に関わるのだから、私情を優先させてはいけない。気丈に振る舞う少女の背中は、未来の王女を想起させる立ち姿をしている。
 私が人の死に無頓着なのは、単に他者への関心が薄いからだ。その対極にいるナタリア姫は、真っ直ぐと前を向き、王家の者として恐怖に打ち勝とうとしている。ぴんと伸びた細い背中が哀れにも思えるのは、私に背負うものがないからか。

「……これも預言のお導き、ね」

 預言を重んじる教団が、戦争を認め、騎士を派遣するというのなら、この戦争も預言に詠まれているのだろう。預言士は死の預言を詠まない。だから、戦争がいつ終わるのか、兵士の誰が死ぬのか、誰も知らないまま剣を振るう。
 本当に滑稽だ。滑り落ちた皮肉は、誰にも聞こえなかったようだけど。
 


 ×



「わたくしは、少し休ませていただきます。……ファスナ詠手、少しよろしいかしら?」
「はい、構いませんよ」

 兵士を労わり、街の人々を慰問し、物資を届けているうちに、あっという間に陽が落ちた。砂漠の端にある街は、昼夜の寒暖差が激しく、ナタリア姫の体も考え、本日の慰問はここで終了となった。明後日にはさらに北上し、戦線後方を慰問する予定だ。しっかりと体を休めてもらわなくてはいけない。
 私もそれなりに疲れていたけれど、ナタリア姫に誘われては断れない。そもそも護衛として隣の部屋で休むよう言われていたし、あまり変わりはないのだけど。
 グラスが二つ、そして水の入ったガラスのポットを残して、宿の娘が退出する。私は持参したグラスに水を注ぎ、一口飲んでから、もう一つのグラスへ注いで殿下に差し出した。ナタリア姫は喉を潤してから、ようやく、いつものお淑やかな笑みを浮かべた。

「お疲れ様でした、ファスナ詠手。お話には伺っていましたけれど、本当にお強いのね」
「キムラスカ兵が奮闘なされた結果ですよ。私はその後方支援をしたにすぎません」
「まあ、ご謙遜ですわ。おかげで兵士の負傷も少なく、わたくしも無事にたどり着くことができました。ご助力に感謝いたします」

 私に微笑むものの、ナタリア姫はすぐに表情を曇らせる。目を閉じ、胸元に手を当てて、きっと今日の慰問を思い返しているのだろう。

「それにしても……理解していたつもりですが、実際に目の当たりにすると、本当に戦争とは恐ろしいものですわね。たやすく命が失われてしまう……この戦争がいつ終わるのか、預言士は知らせてくれませんが、早く収束させなければ……」
「……ナタリア様は、預言から逸れても構わないとお考えですか?」
「い、いいえ、そういう訳では……」
「ああ、私のことは気になさらないでください。私は、預言をどうでもいいと思っている、奇特な性質ですので」

 ナタリア姫は、ハッと気まずそうに顔を上げたが、当の私が飄々としているので、少し呆気に取られたようだった。預言遵守の組織所属である私がこんなことを言うのだから、まあ、無理もない。
 私があからさまな笑顔を浮かべていると、ナタリア姫は目線を落として、意を決して口を開く。グラスを包み込む指に力がこもって、少し震える。

「確かに、預言に反する行いをするのは恐ろしいことです。だからと言って、尊い人命を見殺しにはできません。わたくしは王族として、民を幸福へ導く義務があります。戦争が起こってしまった今、一刻も早く戦争を終わらせたいと思いますわ」

 彼女も、オールドラントで生まれ育った人間だ。けれどそれ以上に、王族として国を背負う責務を理解し、かつ善良な人格を形成している。だからこそ、例え預言に詠まれていたとしても、国民の不幸は見過ごせないのだろう。
 本当に、私とは正反対にいる人だ。
 自分の意思もなく、周りから求められるがままに立ち回り、大切なもの一つない私とは、真逆か。

「……貴女は……とても人間らしいと思いますよ。自分にとってない何が大切なのか、ご自身の中ではっきりと理解している」
「そう、でしょうか。……ファスナ詠手にも、守りたいものがおありですの?」
「私ですか? 私は孤児ですし、守るべきものも特にありません。……ですが」

 グラスを口元に寄せると、その水面に、見慣れた顔が映っている。同じ顔のはずなのに、言葉遣いも考え方も、私とは全く違う彼を思い出す。
 ライトは今、シェリダンだろうか。彼はいつか神託の盾を出て行くと言っていたけれど、それはいつ頃の話なんだろう。彼は私に力を貸せと言ったくせに、肝心な事は何も話さない。まあ、私が信用されていないだけの話だ。
 彼が現れた事で、私の世界すら少しずつ変わりつつある。今まで無関心を貫いてきたけど、そろそろそれも限界らしい。もしもライトが私に助けを乞うのなら、私自身の今後の立ち振る舞いを決めなければならない。ライトにつくか、ヴァンの元に居続けるか。
 それとも。

「一つ、興味があることがあります。それを見届けるまでは、生きていたいですね」
「まあ。では、それを見届けた後は、そのお話を聞かせてくださいませんか? 私、あなたのことをもっと知りたいんです」
「そう……ですね。もしもその機会があれば」

 ずい、と私の方に顔を寄せるナタリア様に、私は微笑みつつ首肯する。口約束なんていくらでもできるし、私はそう義理堅いほうではないから、こんな事も簡単に口走れる。きっとそんな日はこないと高を括って。
 しかし、私はきっと、彼女の眩さに目が眩んでしまっていたのだ。王族が何を言いだすか分かったものじゃないと、ルーク様でよく知っていたはずなのに。

「……そうだわ! ファスナ詠手、わたくしと、お友達になってくださいませんか?」
「えっ」
「友人に手紙を出すのは、おかしい事ではないでしょう? よかったら、あなたのことも、私にたくさん教えてくださいまし」

 しまったと思った時には手遅れだった。ナタリア様は期待に満ちた眼差しで私を見つめ、その返事を期待している。望まないパイプを得ようとしている現実に抗うべく、私は目を泳がせながら、なんとか口から言葉を絞り出す。

「いや、無理ですよ、ナタリア様。あなたは未来の王女で、私は一介の神託の盾騎士です。お伝えするのは何ですが、血生臭い仕事もしてきました。そんな私とあなたが友人などと言っても、誰も信じてはくれません」
「友人に身分など関係ありませんわ。わたくしは、王家の者としてではなく、ナタリア個人として、あなたと……ファスナとお友達になりたいのです。……いけないでしょうか?」

 いけない、というか。大丈夫? 私、いつかアッシュに殺されない?
 上は下の苦悩を同じように受け止められないし、下は上の寛容さに順応できない。私の拒絶を遠慮と捉える彼女には善意しかなく、きっともう、どの便箋を使ってどんなことを書くかまで、想定できるんだろう。
 ナタリア様は、ライトと少し似ている。その真っ直ぐな眼差しが特に、遠慮なく、尻込む私を貫いてくる。

 ていうか、私だって今まで友達なんかいたことがないんだけど、友達ってこうしてなるものなの? みんな度胸ありすぎじゃない?

「わ、……わかりました。私でよければ、恐れながら、お友達に……」
「ありがとう! わたくし、とっても嬉しいです……! ではさっそく、ナタリアと、呼んでくださいませんか?」
「えっ、いや、それは」
「さあ、ファスナ!」
「えっ」

 ずずいと距離を詰めてくるナタリア様に、唇をひきつらせる私。たった四文字を発するだけで、翌日、私の譜術は少し詠唱が滞る羽目になった。




'180320




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