第七音素を操る力は、鍛錬で得られるものではない。元々の才能に左右されるため、第七音素士は神託の盾の中でも限られている。
 そして、ローレライ教団の要といえば、言うまでもなく預言だ。それを詠む預言士は各地に派遣され、空に浮かぶユリアの譜石から、人々の預言を詠む。中でも誕生日に詠む預言は、生誕預言としてその先一年の指針となる。
 ケセドニア付近で開戦間近の中、俺がシェリダンに派遣されたのも、預言士としての巡回だ。ローレライ教団は国に属さない組織であり、世界に浸透する預言を管理する場所。戦争が起きていようと、衣食住は欠かせないように、預言士は世界を廻り続ける。

「──さ、これが君のこの先一年を詠んだ譜石だよ。始祖ユリアのお導きのもと、良い一年になりますように」
「ありがとー、すこあらーさん! フセキってきれーだねぇ。ほらおかーさん、これわたしのフセキだよ!」

 今しがた、俺が生誕預言を詠んだ少女も、キラキラと輝く譜石を手にしてはしゃいでいる。彼女の手に包まれた譜石よりも、屈託無く笑う少女の笑顔が眩しくて、母親は目を細めた。
 息苦しくて言葉も出ない俺に、彼女の父親が近づいてくる。にこにこと幸せそうな笑みを浮かべ、しきりにお礼とユリアへの感謝を述べている。文言を聞くたびに、俺の心臓がずきずきと軋んでいく。
 彼らは、拒否する俺を押し切って、預言に対するお布施を渡し、寄り添いながら去っていった。
 娘を父が抱き上げて、美味しいものを食べに行こう、と明るく提案する。好物を食べられることになったのか、少女は大喜びして、父親に抱きついて……

「……くそっ……!」

 腰に下げた剣の柄を、思い切り握り締める。行き場の無い怒りと悲しみが、腹の底で渦巻いて気分が悪い。追いかけて捕まえて、真実を打ち明けたかった。
 ──あの子はもう、そう長くない。隠れた病で死ぬ。だから早く治療を受ければ、もしかしたら、なんとかなるかもしれないと。

 預言士は、死の預言だけは詠んではいけない。どんなに預言を信じる者でも、自身の死を突きつけられては冷静でいられない。
 ローレライ教団は、預言の導きに従い、世界に安寧を齎す事を約束している組織だ。預言を乱す可能性がある告知は、人心への配慮もあるが、何よりも教団の意に反する。
 本当の預言を打ち明けたら、彼らはどのような顔をするだろうか。運命に抗おうと奔走するか、それとも、来たるべき時を粛々と迎えるのか。

 彼らはただただ、敬虔な預言の信者なのだ。預言の恩恵を受け、それに感謝し、小さな幸せを享受するいち市民だ。オールドラントでは、ごく普通の家庭だ。
 けど、これじゃあ、俺が死の宣告をしに来た、死神みたいじゃないか。



 ×



「っあー……疲れたー……」

 広場のベンチに腰掛けて、その背もたれに寄りかかる。伸ばす足は、鍛えているとはいえ華奢で柔らかい。あ、いや、これは別にセクハラじゃない。……違うよな?
 例えば、今日の預言が幸福を詠うものであれば、俺は何の感傷も得なかっただろう。結果によって、簡単に扱いを変えてしまう自分が嫌になる。
 無償にファスナへ会いたくなるけれど、ファスナは良い顔をしないだろう。どうせ私には預言なんてないからね、なんて、皮肉を返されるのがオチだ。

 思考が元の世界寄りだからか、預言そのものは理解できなくても、それを利用するのは悪い手じゃないと思う。
 便利な物は活用したい。けれど、預言がある事で人間が思考を放棄するなら、預言に携わる者として、腹立たしさを感じずにはいられない。

「はあ……」

 ため息と共に、重たい思考を流してしまう。
 遠くない未来に、一人の男によって、世界は崩壊へと進み始める。俺はその前に帰れるだろうか。
 本当の流れに、イレギュラーが介入してはいけないと思う。それぞれが悩み抜き、駆け抜けた末の結末を、俺が邪魔する訳にはいかない。
 ……じゃあ、もしも、それまでに帰れなかったら?

「……ん?」

 ぼんやりと街を眺めていると、なんだか見覚えのある男が見えて、ムムム、と目を凝らす。白髪に青い作業着、優しそうで柔和な目元……そしてシェリダンにいる青年といえば、まさか。

「あ、あの!」
「えっ!?」

 考えもなしに立ち上がって、その男へと駆け寄ると、彼はぎょっとして辺りを見回した。間違いない、アルビオール操縦士のギンジだ。何年も経っているとはいえ、原作キャラに会える興奮は変わらなかった。
 声をかけられたのが自分だと分かると、イケメンは少し困ったと、微笑みながら首をかしげた。

「こんにちは、神託の盾さん。おいらに何か御用ですか?」
「あ……いや、その。作業着を着たらしたので、つい。譜業に興味があるんですけど、よければ工場を見学させてもらえないかなーって……」
「そういう事でしたか。構いませんよ、おいら達め組の作業場にお連れしますね!」
「あ、どうも……」

 好青年すぎて思わず素が出た。いい人すぎる。
 後から聞いた話では、俺が神託の盾だったので、ライバル団体の人間だとは疑われなかったらしい。
 口から出まかせとはいえ、新しいものに触れることで、何か閃く事があるかもしれない。半ば気分転換に思いながら、俺はワクワクとギンジの後ろについていった。



 ×



「うわ、すご……!」
「ようこそ、め組の作業場へ。ゆっくりしていってくださいね!」

 ゲームだと、描画の関係でかなり小さく見えたけど、実際はものすごく広い。天井も高く、よくわからない音機関がたくさん並んでいる。それは完成品からバラの部品まで様々だが、いや本当に、一見なにに使えるのかわからん。
 軍艦造船所など、一般に見せられない区画もあるらしいが、それを抜きにしたって圧倒される規格だ。俺は音機関マニアじゃないけれど、ロボット物は昔から好きだったので、メカニックには興奮する。こういうのってワクワクするよな。

 ギンジについて回ってあれこれ質問をしていると、音機関の向こうから、ひょっこりとご老人が顔を出した。あ、あの人も見覚えがある。きっとイエモンさんだ。

「なんじゃギンジ、お客さんか? 若い別嬪さんを連れてきおって……まさかコレか!」
「ち、違うよじいちゃん! この人は神託の盾の人で、音機関に興味があるから見せてほしいって言われたから、連れてきただけだよ!」
「はは……どうも」

 イエモンさんが小指を立てるので、ギンジが純情に顔を赤らめる。しかし申し訳ないことに、幾ら外面がファスナで整っていようと、中身は男の俺なのでトキメキも何もない。むしろ鳥肌が立っているのは許してほしい。
 いくら数年少女の体で過ごし、女性特有の悩みも理解させられたとはいえ、やはり元々の性は変わっていないのである。

「……ん? あの、これって何ですか?」

 ふと、作業台の上に並んでいる、二つの黒い箱が目についた。二つとも拳大の大きさで、持ち上げてみるとなかなかの重みがある。

「ああ、それはな、予め譜術を刻んでおけば、一度だけその譜術を発動できるという代物だな。まだ試作段階なんだがのぉ……ああ、そういえばおまえさんは神託の盾さんだったな。よければ一度、これに譜術を刻んでみてくれんか?」
「いいんですか? じゃあ……スプラッシュ!」

 俺が譜術を発動させると、気持ち、音機関が重量を増した気がした。これで良いのかとイエモンさんに手渡せば、おじいさんは嬉々とした様子でそれを掲げる。
 ……あ、まさか。

「よしよし、刻み込むのは成功か! ではさっそくいくぞ〜〜っ!」
「えっ、ちょ、まさかじいちゃんここで──うわあーっ!?」
「あ〜〜……」

 イエモンさんの持つ箱から閃光が走ったかと思えば、ギンジの真上に音素が集まり、ギンジは滝のような水流に飲まれた。悲しい悲鳴が水温で消えていく。
 危険を察知して飛びのいていた俺にと、術式を発動させたイエモンさんに被害はない。水に沈んだ書類は見なかったことにしよう。

「見たかギンジ、成功したぞ! ……ん? なんじゃ、一度の発動で回路がダメになっちょる。これじゃあ使い物にならんなぁ」
「うう、じいちゃん、こりゃないよ……」
「だ、大丈夫ですか」

 実験だからと、威力を弱めていて正解だった。音機関としては物凄い発明だが、イエモンさん的にはまだまだ改良の余地があるらしい。これが職人気質というものだろうか。

「……ん……?」

 ふ、と。イエモンさんが机に放った音機関を持ち上げて、その黒い側面を見つめてみる。何か、思いつきそうな気がしたんだ。
 こめる譜術といっても色んな種類がある。攻撃譜術、治癒術、防御壁、それから、……転移陣!

「……あの! イエモンさん、その音機関、お……わたしに売ってくださいませんか!」
「おう、なんじゃいきなり。売れと言っても、こりゃあ未完成品だ。ボロのあるものを売りつけるわけにはいかんよ」
「じゃあわたしにも、その研究、手伝わせてください。どうしても、わたしにはその譜業が必要なんです!」

 そうだ。ダアトにある転移譜陣の様に、転移術を組み込んだこの音機関があれば、例えアクゼリュスが崩落するとしても、住民の避難が行いやすい。転移術は難しい術式なので、ダアトの人間でも理解しているのはごく一部に限られる。
 けど、中でも術者として最高峰にいるファスナなら、できるかもしれない!

 俺が音機関を握りしめながら詰め寄ると、イエモンさんは少し驚いて、嬉しそうに俺の背中を叩いた。

「おうおう、若いのに夢があってよろしい! 断る理由も無し、おまえさんにも手伝ってもらおうかの! 完成した暁には、おまえさんにも音機関を分けてやろう!」
「ほんとですか! ありがとうございます、イエモンさん! 仕事柄、来れる回数は少ないかもしれませんけど、素材集めもなんでもやりますから!」
「その意気や良し! まずは作業場の連中に紹介さんとな!」

 意気揚々と作業場の奥に行くイエモンさんを追いかけ、逸る胸を押さえる。ほんの少し突破口が見えた様な気がして、少し前までの憂鬱さはどこかに消えていた。

 ただただ帰りたがっていた俺が、誰かを救えるかも、なんて、ちっとも考えたことなんかなかった。
 けれどもし、俺にも出来ることがあるのなら、やりたい。この世界の命に触れてしまった俺には、救える機会を見過ごすなんて、できない。動かなければ、きっと途方も無い罪悪感に襲われるはずだ。
 心臓が飛び跳ねるように痛む。言い訳を作るようで、複雑ではあるけれど。俺にできることがあるなら、やってみようと、思った。



"180320




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